Russian Indie Guide-ロシアのインディーロックガイド

ロシアのインディーロック、その知られざる素晴らしき世界

ウクライナ侵攻に対するロシアのミュージシャンの姿勢それぞれ(1)賛成派

ウクライナ侵攻は未だに終息が見えない。ロシア国内の世論には有名人の発言や姿勢も大きく影響を与えるだろう。ここではロシアの有名ミュージシャンはウクライナ侵攻、プーチン政権に対してどういう立場を取っているのか、という事を書いてみたい。日本からはなかなかロシア国内の雰囲気が分からないが、音楽を通して見れば多少なりとも伝わるかも知れない。

前にも書いたが、現代のロシアのインディーロックシーンはほぼ反プーチンである。これはシーンの成り立ち自体が反プーチン運動に関連しているからであるが、これに関してはこちらの記事を読んでいただきたい。

インディーミュージシャンはやはり「インディー」であるので、人気があるとはいっても巨大なロシア全体への影響はそれほど大きくはないだろう。ここではロシアでは誰もが知っているような有名ミュージシャンに限定する。主に採り上げるのは以前書いたメインストリームのミュージシャンの記事に出てきた人にしたい(顔写真は若い頃ではなく極力近影にしている)。前提としてこちらの記事をまず読んでいただきたい。

賛成派

Konstantin Kinchev(Alisa)

Комсомольской правдыより

コンスタンティン・キンチェフ(1958年生まれ、現在64歳)はKinoやAquariumなどのバンドと共にソ連80年代のロック革命を成し遂げたバンドAlisa(Алиса)の中心メンバーであり、現在もロシアロック界の大御所として活動しているシンガーである(Alisaについてはこの記事に書いたのでどうぞ)。ソ連崩壊後も存在感を示し続け、彼が良いと言ったバンドは有名になったりとご意見番的な立ち位置でもある。パンク/ニューウェイブ系から出発し、ソ連時代は当局とのトラブルも経験したが、90年代にエルサレムでコンサートを行ったことがきっかけでロシア正教に改宗し、以降君主主義的・保守的・愛国的な見解を示すようになった。バンドの音楽も正教の教えに則ったクリスチャンロックに変化した。同性愛に対しては繰り返し否定的な発言をしている。

プーチンに対してはやや懐疑的な発言もしているようだが、2014年のロシアの一方的なクリミア併合には支持を表明している。2022年のウクライナ侵攻では「パンデミック期間の国民の隔離政策の責任者が清算されるまでは愛国的イベントには参加しない(彼はコロナ禍で国民の施設への出入りがネットで管理記録されたことに対して強く憤慨している)」と発言したが、ロシア人とウクライナ人は一つの民族であるとし、ロシア軍を支持した。ただ、反戦表明し政府から制裁を受けたユーリ・シュフチェク(DDT)、ボリス・グレベンシコフ(Aquarium)、アンドレイ・マカレヴィチ(Mashina Vremeni)へは支持を表明した。長い付き合いの友人達であるので信条の違いはあっても友情は変わらないということだろう。
プーチンの事はそれほど支持はしていないが、大ロシア主義(ロシア人・ウクライナ人・ベラルーシ人の東スラヴ民族統一を目指す民族主義)では一致しているようだ。

Vadim Samoylov(ex-Agata Kristi)

TVcenter.ruより

ヴァディム・サモイロフ(1964年生まれ、現在58歳)もソ連ロック革命の一端を担ったバンドAgata Kristi(Агата Кристи)のリーダーだった、ロシアロック界の重鎮である。Agata Kristiでは弟のグレブ・サモイロフ(彼がメインソングライターでヴォーカル)と共に活動していたが2010年に解散した。(Agata Kristiについてはこの記事に書いたのでどうぞ)グレブは現在はThe MATRIXXで活動している。
解散後ヴァディムはソロやコラボ活動をしてきたが、政治的な活動が目立つ。2010年には他のミュージシャンらと共に当時のメドベージェフ大統領と会談しており、2012年にはプーチンの側近として正式に登録された。2015年以来彼は頻繁にウクライナ東部のドネツク及びルハンスクを訪れている。これによってウクライナ政府から5年間ウクライナへの入国を禁止された。2022年のロシアのウクライナ侵攻は積極的に支持し、ロシア軍戦闘員のためのイベントで演奏もしているのでウクライナ政府の制裁リストに加えられた。また彼は野党党首アレクセイ・ナワリヌイが設立した反汚職財団が発表した「汚職官僚と戦争屋のリスト」に加えられている。
彼はウクライナ侵攻に反対し国外に出たアーティストがロシア国内で稼いでいる事について非難し、ロシアの音楽界での論争を引き起こした。
ちなみに彼は2015年のAgata Kristiの一時的な再結成コンサートに関する事で、弟のグレブと金銭関係で対立し訴訟問題に発展した。グレブは特に政治的な活動はしていない模様。うがった見方をすれば、音楽的にはグレブの方が評価が高いので、その欠落感をプーチンの広告塔になることで埋めようとしているのかも知れない。

Valery Kipelov(ex-Aria

War & Sanctionsより

ヴァレリー・キペロフ(1958年生まれ、現在65歳)は「ロシアンメタルの父」Aria(Ария)の創設メンバーであり、バンドには1985年から2002年に在籍した黄金期のフロントマンだった。脱退後は自身のバンドKipelovで活動している。ロシアで一番有名なヘヴィメタルヴォーカリストの一人である。言ってみれば「ロシアのロブ・ハルフォード」みたいなものだろうか。Ariaソ連80年代のロック革命期の中心的なバンドである。(Ariaについてはこの記事に書いたのでどうぞ)
彼はロシア正教の信者であり、Ariaに在籍していた最後の数年間は「アンチクライスト」という曲を歌う事を拒否していた。
彼はプーチンの政策を繰り返し支持しており、2010年代初頭のプーチン再選に対する抗議運動に対して否定的に語っていた。2014年のクリミア併合を全面的に支持、2022年のウクライナ侵攻も積極的に支持し、2022年7月には侵攻で負傷したロシア兵が収容された病院で演説・演奏した。2023年1月に彼はウクライナ政府の制裁リストに加えられた。2023年5月、プーチン大統領は彼に名誉音楽家の称号を与えた。ロシア軍関連の祝賀コンサートにも頻繁に出演しており、プーチン御用達ミュージシャンの代表格である。

Ilya "Chort" Knabengof(Pilot)

nondrinker.ruより

イリヤ・”チャート”・クナーベンホフ(1971年生まれ、現在51歳)は1997年にサンクトペテルブルクで結成されたオルタナティブロックバンドPilot(Пилот)の中心メンバーである。「チャート(Чёрт)」とは英語の「crap(クズ、くだらないもの)」に相当する言葉で、「イリヤ・チャート」と呼ばれる事も多い。
2000年前後のロシアのメジャー系オルタナティブシーンについての記事をそのうち書くつもりだが、まだ書いていないのでここでPilotについて少し説明しておこう。Pilotは1994~1997年まで活動したグランジバンドMilitary Janeが前身である。Military Janeはロシアの最初期のグランジバンドの一つであり、90年代サンクトペテルブルクオルタナティブシーンではかなり成功したが、1997年に突然Pilotに改名。2000年代前半にバンドは全ロシアで大きな成功を収め、現在もビッグアーティストとして活動中である。

イリヤ・チャートはドイツ系ユダヤ人でありユダヤ教の洗礼を受けているが、キリスト教ヒンドゥー教などいろいろな宗教をかじってきたらしい。ロシア正教に関しては上記のAlisaのコンスタンティン・キンチェフが精神的・宗教的な指導者であった。現在はクリシュナ意識国際協会(1966年にニューヨークで設立されたヒンドゥー教系の新興宗教。欧米ではカルトとされ訴訟も多い)の信徒らしい。

2014年のクリミア併合以降ロシア国内には軍国主義的な空気が蔓延していき、それに同調するミュージシャンも多かった。しかし反戦を訴える動きも当然あり、元DDTのギタリスト、ヴァディム・クリレフが主導した反戦プロジェクト「антиАрмия(anti-army)」が2017年に出したコンピレーションアルバムと、2018年の反戦フェスティバルにイリヤ・チャートも参加している。他の参加者は後述するアンドレイ・マカレーヴィチやボリス・グレベンシコフ、Pornofilmy、Tarakany!、Elysiumなど筋金入りの反戦派である。この反戦運動についてはこちらの「ノーヴァヤ・ガゼータ(記者がロシア政府に何人も暗殺されたとされる新聞)」の2018年のヴァディム・クリレフのインタビュー記事にあるので、翻訳ツールを使って是非読んでみてほしい。ロシア国内のミュージシャンが取らざるを得ない立場について結構重要な事が書いてある。

『ヴァディム・クリレフ:「戦争は必要ない!」 反戦ロック運動の創始者 - 「反軍」、ベオグラード爆撃、ドネツクでのコンサートについて』

イリヤ・チャートは2018年までは反戦派だった。それが2022年のウクライナ侵攻に対しては全面的に支持している。この4年間に何があったのか?さらに「特別軍事作戦」を支援するための2022年4月の軍国主義コンサート「ロシアのために」にPilotは出演している。この出演にあたって、Pilotからはメンバーが半分ほど脱退した。なお、この行動によりイリヤ・チャートはラトビア政府から入国を禁止され、ウクライナ政府から制裁リストに入れられ、反汚職財団の「汚職官僚と戦争屋のリスト」に加えられている。

ロシアではこうした「転向」の例が多いようだ。これまたソ連ロックの雄Nautilus Pompiliusのヴャチェスラフ・ブトゥーソフもイリヤ・チャートと同じように反戦から侵攻支持に変わっているらしい。(Nautilus Pompiliusについてはこの記事に書いたのでどうぞ)これに関してはこちら↓のノーヴァヤ・ガゼータの記事に詳しい。ロシアではソ連共産党政権が倒れ、「悪を倒した」ように見えたエリツィン政権がすぐに腐敗しプーチン政権に繋がったため、「何が民主主義なのか、何が正義なのか」が簡単に覆るような社会らしい。これが海外からロシア社会を理解しにくい一因かも知れない。改めてソ連時代から一貫して政権に批判的なユーリ・シュフチェク(DDT)は尊敬に値する。強い。

『腰をかがめて歌う 再生の物語: ヴャチェスラフ・ブトゥーソフ、イリヤ・チャート、アンダーウッド、スヴェトラーナ・スルガノワ、ロシア連邦大統領など』

また、なぜロックバンドが政権に協力するのかについてはこの記事↓が参考になるだろう。この記事は調査報道・フェイクニュースの誤りの訂正・事実確認を専門とするロシアの独立系メディア「The Insider(ロシア政府から「外国の代理人」認定されロシア国内ではブロックされている。反政府派の毒殺事件の検証で知られる)」のもので、政権に喜んで協力するロックミュージシャンの事を「クソロック」と呼んで痛烈に批判している。この記事を書いているアルテミー・トロイツキーはソ連時代からのロシアの非常に有名な音楽ジャーナリストである(ロシアの渋谷陽一みたいなものか)。この記事に出てくる「Nashe Radio(ナシェラジオ=Our Radio)」というのは90年代に開局したロック専門ラジオ局で、ロシアのロック界のヒットを左右する重要なメディアである。ここが主催するロックフェスNashestvie(Invasion)はロシア最大のフェスである。しかし近年はヒップホップやエレクトロニックミュージックを無視し「ロシアンロック」にこだわった選曲のため、若者離れを招いているようだ。Nashe Radioについてはそのうち記事を書きたいと思っている。

『ロックの卵。 ロシアの「クソロック」の代表者たちはいかにして雑務で国家予算職員になったのか』

Philipp Kirkorov

Moscow Timesより

フィリップ・キルコロフ(Филипп Киркоров 1967年生まれ、現在56歳)はロシアで最も成功したポップスターの一人である。そして最もプーチンを担ぎ上げているミュージシャンでもある。ウクライナ侵攻が始まった時、海外のニュースサイトで侵攻支持芸能人の代表格として彼の写真を見てなんだかものすごいインパクトがあったので、ロシアのポップ歌手は全然知らなくてもよく覚えていた。彼は(2)の「反対派」の記事で挙げているアーラ・プガチョワの前夫(1994年に結婚、2005年に離婚)としても有名である。
キルコロフはロシア人ではなく、ブルガリア生まれのアルメニアブルガリア人である。父親も歌手で子供の頃からモスクワに住んでいた。ソ連時代にアーラ・プガチョワの周辺で活動していたが、90年代にソロ活動を開始しすぐにスターになった。歌手活動に加えてミュージカルや映画出演、審査員などもやっているロシアの大物芸能人である。
彼はキャリアを通じて言いたい事を言うお騒がせキャラであるらしく、数多くのスキャンダルを起こしてきた(誹謗中傷・暴力事件など)。

↑これは2018年のものであるが、まぁいかにもロシアの歌謡曲という感じだ。ちょっと哀愁のあるメロディのポップソングをド派手な衣装で歌うという人らしい。ロシアの美川憲一みたいな立ち位置か?(上記のスキャンダルの事も併せると、「ロシアのデヴィ夫人+美川憲一」みたいなキャラなのかも)他のビデオを見ても強烈にドラァグ臭がするのだが、熱烈なプーチンサポーターであるのでゲイかどうかはもちろん明言していない。2012年にはロシアの反LGBT法(同性愛宣伝禁止法)の法案を批判する公開書簡に他のポップスターらと共に署名している。この法律についてはこちらでどうぞ↓

ロシアにおける同性愛宣伝禁止法 - Wikipedia

2014年のロシアのクリミア併合を公的に支持したため、キルコロフはリトアニアウクライナへの入国を禁止された。2022年のウクライナ侵攻を支援したとして、エストニアラトビアモルドバへの入国を禁止された。また2023年1月には「侵攻開始後の占領地訪問、プロパガンダコンサートへの参加、戦争とプーチン大統領への支持」を理由にウクライナの制裁リストに加えられた。7月には「ロシアのウクライナ侵略を促進するために自分の芸術を利用する人物」に対するカナダの制裁リストに加えられた。さらには反汚職財団の「汚職官僚と戦争屋のトップ200リスト」に加えられた。なお彼の祖国ブルガリアは彼を「国を代表するスター」とは決して認めていないらしい。

Timati

pokatim.ruより

ティマティ(Тимати)ことティムール・イルダロヴィチ・ユヌソフ(1983年生まれ、現在40歳)はロシアで最も(金銭的に)成功したラッパーの一人である。早くから積極的にプーチン支持を公言し、政府のプロパガンダにも熱心に協力してきた。そしてビジネス面でも大きな成功を手にしている人物である。
モスクワの裕福なタタールユダヤ人家庭に生まれた彼は、大人気音楽リアリティ番組「Star Factory 4」でロシア全土に知られていたが、2006年に「Black Star」でアルバムデビュー。と同時に幼馴染とアパレル会社「Black Star」も起業(レコードレーベルはその前からやっていた)。この会社は以後ハンバーガーチェーンや美容院、タトゥーショップ、洗車、マーケティング、eスポーツクラブなど多岐に渡るフランチャイズ展開をしていく。
彼は音楽的な才能というよりもビジネス的な才能に長けており(ティマティは何度も盗作で有罪判決を受けている)、スヌープ・ドッグやフローライダー、パフ・ダディなどの海外ビッグネームとの「コラボ」(実際には巨額の金を払って名前を借りただけという説も)を連発する事によってネームバリューを高めていった。世界デビューもしており日本盤も出ている。

↑これは2014年のビクターのページだが、「“キング・オブ・ロシア”プーチン大統領も惚れ込む最強ラップで、ミュージック・ビデオのYouTube総再生数は驚異的な2億回以上!」などと書かれており、当時の日本はロシアのクリミア併合に無関心だった事が窺われる。

ティマティは2012年のプーチンの大統領選挙のキャンペーンビデオに登場。2015年には「俺の親友はプーチン大統領」という歌詞のある「ベストフレンド」という曲をプーチンの誕生日に合わせて自身のYouTubeチャンネルで公開する。2018年の大統領選ではプーチンの側近であった。更にはチェチェンのカディロフ首長(プーチンの右腕の武闘派)との友情もアピール。

↑2019年にリリースされたティマティとガフのコラボ曲「モスクワ」は、YouTubeで最も低評価を押された曲となった。あまりにも低評価が続くためティマティはこのクリップを削除。この動画は誰かが保存してアップしたもの。このビデオが公開されたのは2019年9月7日の「モスクワ市の日」で、モスクワ下院議員選挙の前日だった。モスクワ市長セルゲイ・ソビャーニンや政府を称えるこの曲の低評価の理由は、歌詞の「(モスクワは)ゲイパレードをしない都市」と「俺は(抗議)集会には行かないし、ゲームにも参加しない」という部分である。この選挙では無所属候補が出馬を認められず、当時大規模な抗議集会が多数開催されていた。逮捕者も続出し、多くのデモ参加者に対して刑事訴訟が起こされ、新たな抗議の波を起こしていた。

ティマティは当然2022年のクライナ侵攻も積極的に支持。3月のクリミア併合記念日の祝賀コンサートにも出演し、「ロシアを誇りに思う」よう訴えた。しかし9月に戦争への部分動員が発表されると彼はウズベキスタンに出奔した。
ラトビアはティマティの入国を禁止。ウクライナの制裁リストにも加えられ、さらにはカナダの制裁リストにも加えられた。

ティマティはとにかくビジネスに血道を上げており、2021年のForbes誌のロシア有名人収入ランキングで4位(1040万ドル)になった。このランキングにはここで採り上げている人物が多数ランクインしているのでどうぞ。

40 самых успешных звезд России до 40 лет. Рейтинг Forbes | Forbes.ru(ロシアで最も成功したスター50人)

またティマティのビジネスについて詳しく書いた記事が独立系メディアMeduzaにあるので、是非翻訳ソフトを使って読んでみてほしい。政権にへつらって巨万の富を得るビジネスモデルの仕組みがよく分かる。ロシア軍とのコラボアパレルや、低品質な商品、ブラックな企業体質、高額なフランチャイズ料金、レーベル所属アーティストとの訴訟など盛りだくさんだ。なお彼は2020年にBlack Star社から退任し、事業を分割している。
また2022年にロシアから撤退したスターバックスコーヒーを引き継ぎ、「スターズコーヒー」として展開している(ロゴはスタバそっくり)。

『名声と当局との友情により、ラッパーのティマティはブラック スター ビジネス帝国を築くことができた。そしてそれは自身への脅威に変わった』

Basta

MKRUより

バスタ(Баста)ことヴァシリー・ミハイロヴィッチ・ヴャクレンコ(1980年生まれ、現在43歳)はロシアヒップホップ界の初期から活動しているラッパーである。
彼もティマティのように幅広くビジネスを展開しており、上記のForbesのランキングにも入っている。またティマティほどあからさまではないが、クリミア併合後にクリミアでの愛国コンサートに出演したり、ウクライナ侵攻も支持しているのでウクライナ政府の制裁リストに加えられている。バスタについてはこちらの記事で詳しく書いているのでどうぞ。ちなみに彼の古巣のラップグループ、Kastaはウクライナ侵攻に反対声明を出して政府のブラックリスト入りをしている。

その他賛成派有名人

ソ連時代からのベテランロシアンロック勢ではChaif(Чайф)のウラジミール・シャフリン、Va-Bank(Ва-Банкъ)のアレクサンドル・F・スクリヤルなどがいる。
またプーチンのお気に入りとして知られるリューベ(Любэ)は軍歌ロックのようなものを演奏するグループで、国家的な祝典にはプーチンと共に頻繁に登場する。
中堅ロックシンガーではロシアが勝手に作ったウクライナ東部の「ルハンスク人民共和国」と「ドネツク民共和国」の市民権を取得したユリア・チチェリーナ(Юлия Чичерина)がいる。
また現代のポップシンガーではポリーナ・ガガリーナ(Полина Гагарина)やディマ・ビラン(Дима Билан)、シャーマン(Shaman)らが、積極的にウクライナ侵攻を支援したとしてウクライナなどから制裁対象に指定されている。
シャーマンはウクライナ侵攻後に突然露骨な愛国ソングを歌うようになり、急にやたらともてはやされるようになった。ウクライナ侵攻を利用してスターになった代表格である。

『総統と彼のシャーマン。クレムリンは戦争を促進するためにナチスの美学を音楽でどのように再現しているか』

theins.info

グレーゾーン

Sergey Shnurov(Leningrad)

ria.ruより

セルゲイ・シュヌロフ(1973年生まれ、50歳、通称「シュヌール」)は1997年結成のスカパンクバンドLeningrad(Ленинград)の中心メンバーである。2000年代初頭のロシアでのスカコアブームに乗り、Leningradは全国的な人気バンドになる。

Leningradの歌詞は野卑で冒涜的であるがユーモアがあり、大衆からの大きな支持を得た。バンドは2008-2010年の間は解散していたが、現在も活動中である。YouTubeでは億を超える再生回数のビデオも多いので、今でも高い人気があるものと思われる。シュヌロフはLeningrad以外にもソロ活動や多くの音楽プロジェクトを手掛けている。テレビ番組の司会者、映画俳優、声優などもやっていて、ロシアでは広く知られたマルチタレントなのだろう。また2019年2月より ロシア連邦議会文化議会国家下院委員会傘下の公共評議会のメンバーになり、12月にはロシア・中国友好委員会の文化評議会に加わっている。2020年6月には国際ロシア語テレビチャンネルRTVIの総合プロデューサーに任命されたが、2022年3月に見解の相違を理由に辞任している。
上↑にあるForbesのロシア有名人収入ランキングにも入っており、2021年は1100万ドルで5位にランクインしている。

政府関係の役職に就いてはいるが、シュヌロフ自身は統一ロシア(与党)やクレムリンプーチンに対しては批判的である。ロシアには自由な市民社会というものは存在せず、2012年の大統領選挙は不公平であると述べた。しかし「ヒムキの森紛争」の反対派ミュージシャンを嘲笑するビデオも公開しており、右派に対しても左派に対しても冷笑的な態度を取っているような人らしい。2020年には右派自由主義政党の成長党(実業家が多いらしい)に入党。

*「ヒムキの森紛争」とは、2007年から2012年に渡って起きた、モスクワ-サンクトペテルブルク間の高速道路建設による森林伐採に対する反対運動。開発会社の取締役にプーチンの友人がいた。国を二分する大論争となり、反対派には多くの左派ミュージシャンも名を連ねた。2012年の大統領選における反プーチン運動の先駆けとなった。*

ウクライナに関しては常に明言を避けている。2020年のラジオインタビューで「クリミアは我々のものですか?」という質問には答えるのをためらい、考えた末に「様子を見てみよう」と答えた(ドンバスはウクライナだと答えている)。この曖昧な回答はシュヌロフへの批判を巻き起こした。クリミアでのコンサート活動も頻繁に行っているため、ウクライナのジャーナリストから批判された。
2022年のウクライナ侵攻に対する立場を問われた時には皮肉なのか支持なのか分かりかねる発言をしている。
また彼は先頃自家用ジェット機墜落で死亡したロシアの民間軍事会社ワグネルの創始者、エフゲニー・プリゴジンとの関係も深く、ワグネルの映画のサウンドトラックを作ったりしている。2023年7月にワグネルの反乱でプリゴジンの自宅が捜索された際、シュヌロフがプリゴジンに捧げた未発表の曲が含まれたUSBフラッシュドライブが発見された。

シュヌロフは非常に実利的な人なのだろう。プーチンは嫌いだが、反プーチンを明言すればロシア国内での事業が成り立たなくなる。入党した成長党はロシア国内の経済を改革するのが目標の党というのも納得できる。とは言え親ワグネルなので反戦主義者という訳でもないらしい。実際ロシアには、内心ではプーチンを拒絶していても、実利を考えて反戦の意思表明はしないというような人が大多数なのではないかと思わせるのがシュヌロフである。

Nina Kraviz

Resident Advisor "Nina Kraviz clarifies response to war in Ukraine"より

ニーナ・クラヴィッツ(Нина Кравиц 生年月日非公表だが1980年代生まれらしいので今は30代だろう)は現在世界で一番有名で人気のあるロシア人ミュージシャンだ。世界中の大きなパーティーでプレイするセレブリティテクノDJであり、世界の女性DJの最高峰であるともされる。このブログ全体で挙げている中でも一番世界的な知名度がある人だろう。自身の運営するレーベルтрип(Trip)からロシアの若手ミュージシャンの音源をリリースしている事でも知られる。
シベリアのイルクーツクで生まれ育ち、2000年代初頭に歯科医になるためにモスクワに移住。歯科医として勤務しながらDJ活動をしていた。2005年にシアトルのRed Bull Music Academy(毎年世界の異なる都市で開催される音楽ワークショップとフェスティバル。新進気鋭の若いミュージシャン達が招待され、参加者は世界的に知名度が上がる)に応募して合格したがビザの関係で出席できず、代わりに翌年のメルボルンでのRBMAに出席した。2008年にモスクワのPropaganda ClubのレジデントDJになる。2012年にデビューアルバムをリリース、この年のDJ系メディアの年間ベスト上位にランクインする。このように彼女のキャリアは初期から世界的なものであった。

↑2013年にResident Advisorから公開されたこの紹介動画によってニーナ・クラヴィッツは注目を集め、エレクトロニックミュージックにおける性差別に関する論争を引き起こした。

このRAのビデオは彼女の世界中を飛び回るジェットセット生活を紹介しているが、バスタブに漬かりながらインタビューを受けるという演出が世界中のダンスミュージックファンの間で賛否両論を引き起こした。中でも先輩のイギリス人DJ、Greg Wilson(彼女と仕事上での知人)のブログ記事(現在は削除)に対して彼女は怒りのFacebook投稿をしている。
ご覧の通りクラヴィッツは素晴らしい美貌の持ち主である。ウィルソンはこの騒動を「俯瞰」しているような態度で、クラヴィッツが女性DJである事とその外見について上から目線の「アドバイス」をしている(「君があまりにもセクシーだとペニスがヒリヒリしてプレイに集中できなくなるから少し愛のトーンを下げてもいいんじゃないかい?」というような調子だったらしい)。要するに正当にプレイを評価されたいのならビジュアルに頼らずもっと地味な服装をしろ、というような「アドバイス」だ。
当時DJ界では女性DJはまだ少数派だったため、そのプレイよりも女性性ばかりがフィーチャーされがちだった(今でもそうかも?)。イケメン男性DJに対しては「イケメン過ぎてプレイに集中出来なくなるからもっとダサくなって」とは決して言われない。もし彼女が歌手であったとしたら、その美貌はプラスに働く事はあってもとりわけそれだけがクローズアップされる事はなかっただろう。なぜなら男性歌手と同じくらい女性歌手はいるからだ。このウィルソンの一件はその後数年間彼女について回ったが、その実力でビッグフェスに引っ張りだこになり「世界で一番ブッキングが難しいDJの一人」と呼ばれるまでになった。日本にもULTRA JAPANなどで何度も来日している。

そんな訳で世界的なスーパースターDJになったクラヴィッツだが、2022年のウクライナ侵攻開始後に沈黙を守っていた事がエレクトロニックミュージックシーンからの大きな非難を招いた。

侵攻開始直後、クラヴィッツSNSに「平和」についての曖昧な投稿をしたきり数か月間沈黙した。ロシア国内の有名ミュージシャンが次々に反戦の声を上げて政府からコンサートがキャンセルされたりしていても侵攻に対する自身の立場を明らかにしなかったので、彼女を「ロシアの最も重要な文化的輸出品」と考える人々から非難の声が上がった。国際的なイベントからロシア代表がボイコットされていた中、ロッテルダムの音楽ディストリビューターのClone DistributionはクラヴィッツのレーベルTripとの提携契約を打ち切った。Time誌はウクライナとロシアの著名なDJ達から回答を集めたが、彼らはクラヴィッツの沈黙を批判し、プーチンとの関係を明らかにし、戦争に反論するよう公に求めた。
クラヴィッツはしばらく沈黙していたが、2022年5月17日のInstagramの投稿で「一人の人間として、ミュージシャンとして、そしてアーティストとして、私は世界で起きていることに深く感動しています。私の国との関係がこうなったのは恐ろしいことです」「私はあらゆる形態の暴力に反対します。平和を祈っています。罪のない人々が死ぬのを見るのは心が痛みます。」と述べた。ただロシア政府に対する立場は明らかにしなかった。

彼女がこうも非難されたのは、実は過去に彼女がSNSに残してきた親プーチン的と取られても仕方がないような投稿がその理由の一つでもある。クリミア併合の一か月後にプーチンの形に切り抜かれた段ボールパネル持っている写真を投稿したり、レイヴに参加しているプーチンミームと共に「ルスキー(ロシア人)を過小評価しないでください」という投稿もしている(「ロシア人をなめんなよ」という感じか)。またロシア情勢やPussy Riotの裁判について意見を求められてもノーコメントを貫いてきた。(Pussy Riotについてはこちらで詳しく書いているのでどうぞ)
そんな背景もありクラヴィッツの沈黙はプーチンへの暗黙の支持と受け取られ、ウクライナのDJ NastiaやロシアのButtechnoなどはヨーロッパのエレクトロニックミュージックフェスティヴァルのプロモーターにクラヴィッツをブッキングしないように訴えた。しかし世界的なロシア人への「キャンセルカルチャー」に対する憂慮もあり、クラヴィッツを擁護する意見もあった(ロシアで公然と反プーチンを唱えたら命の保証はないので)。

個人的には、このクラヴィッツへの大非難はちょっと酷なような気もする。西側諸国の一般人はウクライナ侵攻が起きる前までは盛んにプーチンミームを消費してきたし、クラヴィッツのファンの多くは西側の人間で、彼女は大して考えずにロシアを表す一番分かりやすいものとしてプーチンを使ったのだろう。ロシアの有名人が反プーチンを公然と表明したら、ほぼ確実に国を出なければならない。今年2023年5月の来日では母親を連れて京都に行っていたようだし、親と別れるのも耐えられなかったのだろう。世界的な有名人ゆえの試練であった。しかし何度も大論争の的になる人だなぁ。

ウクライナ侵攻に対するロシアのミュージシャンの姿勢それぞれ(2)反対派
に続く