Russian Indie Guide-ロシアのインディーロックガイド

ロシアのインディーロック、その知られざる素晴らしき世界

2010年代ロシアインディーシーンの「新しい波」

Sonic Death

Sonic Death(Sonic Death Facebookより

ソ連ロシア連邦の波乱万丈の歴史の中で、2000年代は割合安定した時代であった。ソ連崩壊後の90年代の社会経済は混乱を極め、庶民は食うや食わずの大変な時期を過ごした。2000年代にプーチン政権になると、原油価格の高騰により産油国であるロシアの経済は奇跡的に回復し、国民の生活も徐々に安定。社会が安定したため、この時代の空気は比較的自由なものであったようだ(現在のロシア中高年のプーチン支持率の高さはこれが理由。経済回復はプーチンの手腕ではなく原油高のおかげなのだが)。しかし2012年のプーチンの大統領再任前後から社会の空気は変わり始め(プーチン再選に対する大規模な抗議デモが各地で起きた)、経済も停滞。2014年のクリミア併合をピークに社会は右傾化し、この辺りを境にロシアの音楽シーンはガラッと変化する。
2010年代はロシアに明確な「インディーシーン」が定着した時代でもあった。またこの時代はソ連崩壊後に生まれた世代が成人し始めた時期でもある。そもそもこのブログはこういったロシアのインディーシーンを紹介したくて立ち上げたので、以下順を追って書いていこう。

参考:
ソ連崩壊から30年が経過したロシア経済の軌跡(2021年 三菱UFJリサーチ&コンサルティング)

 

2000年代後半結成の先駆者

2000年代前半はロシアで商業的な成功を収めた「オルタナティブロック」のバンドが続々と生まれた時代であったが(これはまた別記事で詳しく書く予定)、後半になるとそういったバンドよりもインディー的なマインドを持ったバンドが登場し始めた。特にポストパンクやニューウェイヴ系のバンドが多いのが特徴である。80年代のソ連のロック革命でもこの辺のジャンルのバンドが多かったのとなんとなく被るのは偶然だろうか?ソ連から現代のロシアのバンドをずっと眺めていると、ロシア人はとにかくこういう音が好きなのではないかという気がしてくる。無論ロシアには様々なジャンルが存在するが、大きな動きがある時はいつもこの辺から始まっている。
2000年代後半のポストパンク/ニューウェイヴ系の特徴として、英語で歌い、海外進出を目指すバンドが目立った(メインストリームのバンドはほぼロシア語)。ソ連時代からロシアのバンドは英米のロックからの影響を強く受けてきたが、2000年代後半になってようやく同じ土俵で競ってみたいと思えるようになったのかも知れない。2010年代半ば以降のバンドはロシア国内に目を向けている者が多いが、この時代は海外に向いていた。ここではいくつかの先駆的なバンドを紹介したい。これらのバンドは後の「Russian Doomer」と海外で呼ばれるバンドと比べると明るく洒脱なサウンドだが、そういったバンドの下地となったのは確かだろう。
ちなみにこの時代はロシアのヒップホップシーンも活性化していった事を覚えておきたい。

Motorama / Utro(Утро)

2005年にロシア南部のロストフ・ナ・ドヌーで結成されたMotoramaは2000年代ロシアのポストパンリバイバルバンドの筆頭であり最も古くから活動しているバンドの一つである。2008年にEP「Horse」をリリースし、2010年に1stアルバム「Alps」をリリース。初期EPの頃は歌い方がJoy Divisionイアン・カーティスの影響を受け過ぎ!と突っ込みたくなるようなスタイルだったが、アルバムを出す頃にはオリジナルスタイルを確立して現在に至る。ドリーミーで優しさに満ちたようなサウンドが特徴的だ。ロシアの音楽シーンの中心から遠く離れたロストフが拠点のせいか、張りつめた都会的な音ではなく自然への愛を感じさせるナチュラル感が身上である。
アルバムリリース後はロシア国内のみならずヨーロッパ各国を積極的にツアーし、さらには中南米や東アジアにも行っている。2017年の東アジアツアーでは来日も実現した(2019年にも来日予定があったが中止になったようだ)。YouTubeの彼らの動画のコメントにはやたらスペイン語があるので、ラテンアメリカではかなりの人気があると推測する。
こうした海外人気のため、ロシアのバンドとしては珍しく彼らのアルバムは日本でも手に入りやすい。2009年頃から始めているサイドプロジェクトのUtro(Утро、朝の意味)も同様だ。こちらは打って変わってダークでロシア語歌詞のポストパンクである。現在のロシアンポストパンクの流れを先取りしているのはさすがである。本体・サイドプロジェクト共に現在も活動中。
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Pompeya

Pompeyaは2006年にモスクワで結成されたインディーポップバンドである。彼らも英語で歌っている。2010年にEP「Cheenese」、2011年に1stアルバム「Tropical」をリリースした後、ロシア国内で人気に。2012年に初めてアメリカ・ロサンジェルスでレコーディングし、以降アメリカで過ごす事が多くなる。彼らはここで紹介しているバンドの中でも最も海外志向、アメリカ志向が強いバンドだろう。多分現在はアメリカに在住しているものと思われ、2022年のMolchat Domaの北米ツアーには「Special Guest」として同行していた。
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On-The-Go

On-The-Goはサマラ近郊のトリアッティで2007年に結成された。2009年のデビューアルバム「On-The-Go」の頃はダンスロックをやっていたが、次第にインディーポップへとシフトしていった。デビューアルバムはヒットし、英語歌詞のバンドとして最も注目される存在の一つとなった。アルバムリリース後バンドはモスクワに拠点を移し、Xuman Records(ロシアのインディーロック・ムーブメントの立役者のレーベルの一つ。上記Pompeyaも所属していた)と契約。サウンドもエレクトロニクスを使ったインディーポップになり、以降ロシアの人気バンドとして活躍。エレクトロニカ風味の繊細なサウンドが魅力的なバンドである。現在も活動中。
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Tesra Boy

Tesla Boyは2008年にAnton Sevidovを中心にモスクワで結成された。Sevidov(平井堅に似ている)はベラルーシミンスク生まれ。子供の頃から音楽的に非凡だったらしくモスクワに招かれ、12歳の時に「ロシアの才能」というプログラムで日本とポーランドをツアーしていたらしい。14歳で国立音楽大学のジャズピアノ系の学科に入学したが16歳の時に父親が死去したため、学業の傍らDJやレストランでのジャズ演奏で生計を賄っていた。18歳で大学を優秀な成績で卒業すると、ジャズアンサンブルでの演奏やSplean、Bi-2等の有名バンドのアルバムにスタジオミュージシャンとして参加。こうした10年弱の経験の後、Tesla Boyとしての活動を開始。ジャズから一転、80年代のシンセポップに全振りしたサウンドはすぐに注目を集め、2009年にEP「Tesla Boy」をイギリスのMullet Recordsからリリースする。2010年に同レーベルから1stアルバム「Modern Thrills」をリリース、2012年には初のニューヨーク公演。以降アメリカでのライブもちょくちょくやっており、2016年にはSXSWにも参加している。彼らはずっと英語で歌ってきたが、2020年のアルバム「Андропов(アンドロポフ)」では初めてロシア語で歌っている。
彼らの音は80's シンセポップといってもDepeche Modeのようなダーク系ではなく、A-haのようなキラキラした明るいタイプだ。ディスコビートも少し感じられる。彼らのロゴが当初からsynthwaveっぽいピンクのネオン感があるのは流行への敏感さを感じさせる。2009年でこれは相当早い。なお彼らはウクライナ侵攻に反対の立場であるため、ロシア政府のブラックリスト入りをしている。
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Human Tetris

Human Tetrisは2008年にモスクワで結成された。バンド名は日本の有名なテレビ番組から取ったらしい、というので調べたら、「とんねるずのみなさんのおかげでした」のコーナー「モジモジくん」に登場したミニゲーム脳カベ」の事らしい。いろいろなポーズの形の穴が空いた壁が迫ってきて、その形通りのポーズをしてくぐり抜けるゲームなのだが(そういえばそんなのあったわ)、これが海外で大人気で「Human Tetris」と呼ばれリメイク企画が多数あるらしい。ロシア版もある。
彼らは2009年にEP「Human Tetris」を自主リリース。この内容は同時期のロシアのポストパンク系のバンドに比べると遥かにダークで、現在のJoy Division的ロシアンポストパンクを一番先取りしていたのではないだろうか。2012年に1stアルバム「Happy Way In The Maze Of Rebirth」をリリースしたが、すぐにバンド内のトラブルにより2016年まで活動休止。2018年に2ndアルバム「Memorabilia」が出てヨーロッパやラテンアメリカをツアーしている。結成は古いが休止期間を挟んでいるのでほとんど今のバンドという印象である。アルバム2枚、EP数枚とキャリアの割には寡作である。そろそろ新作を出してほしい頃である、と思ったらこれを書いている最中にリリースされました!なお活動再開後も歌詞は英語であるので、今のロシアのポストパンクバンドの中でも一番とっつきやすいかもしれない。
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Новая русская волна(New Russian Wave)の現象

プーチンは大統領2期目を2008年に終え、新大統領のメドヴェージェフによって首相に任命される。ロシアの法律では大統領は2期までとなっているためだが、実質新政権はプーチンの傀儡政権であった。2011年にプーチンが翌年の大統領選出馬を宣言する前年からロシア各地で抗議集会が増え始めるが、結局2012年にプーチンは再度大統領に就任。3期目のプーチン政権は急速に右傾化し、2014年にクリミアを併合する。このだんだんと社会が緊張感を増していった時期、ロシアのインディーロックシーンではそれまでとは違ったタイプのバンドが次々と登場し、「新しいロシアの波(Новая русская волна、ノーヴァヤ・ルスカヤ・ヴォルナ New Russian Wave)」と呼ばれる現象が起きていた。

ja.wikipedia.org

2010年代前半 - 雑誌「Afisha」

プーチンの大統領再任への抗議運動が拡大すると、当然その動きは音楽シーンの変化を促した。ソ連崩壊後のロシアの音楽シーンではアメリカのバンドの影響が極めて強く、英語で歌う事を期待された(「英語で歌った方がかっこいい」というのは同時期の日本のインディーシーンでもあった現象である)。不安定な政治情勢によって若いミュージシャン達(ソ連崩壊後に生まれた、あるいはソ連の記憶のない世代)は曲を書くという行為を見つめ直し、アメリカ被れの借り物ではない、自分達のインディーロックを作り始めた。ロシア語の響きはそのインスピレーションの源となり、ロシア語歌詞のインディーロックバンドが続々と生まれ始めた。言論統制は日に日に強まっていったが、音楽はまだその対象外だったので好きな事を言えたのもこの動きに拍車をかけた。また80年代のロシアにはKinoを始めとした陰鬱なポストパンクバンドが数多く存在した事を思い出し、それは2010年代初頭の不穏な空気にぴったりとはまった。
ソ連時代のバンドについてはこちら参照。

russianindieguide.hatenablog.com

こうして英語の(どちらかと言えばお気楽な、あるいはカッコつけた)インディーバンドに取って代わり、リアルで正直な、生々しいサウンドのロシア語インディーロックが花開き始めた。これらのバンドに共通するのはDIY精神とローファイ感で、最新鋭の機器の整ったスタジオ音質ではなく、「ベッドルームミュージック」の意図的な低音質を取り入れる者が多かった。これによってアマチュアミュージシャンの参入もし易くなり、よりシーンは発展していった。こうした動きの中心にいたのが、サンクトペテルブルクのSonic Deathの中心人物Arseniy Morozovである。新しい波はモスクワやシベリアでも同時進行していた。

この新しいインディーロック革命を全国に伝えていたのが、1999年にモスクワで創刊されたエンターテイメント/ライフスタイル雑誌「Afisha(Афиша)」である。この雑誌は最盛期には150万部を発行し、新進気鋭のジャーナリスト、デザイナー、写真家を起用してロシアの都会のライフスタイルに大きな影響を与えた。特にナイトライフへの影響力は強く、音楽のトレンドを牽引した。2004年からはモスクワ近郊で野外音楽フェス「Afisha Picnic」を毎年開催しており、若い才能あるバンドはこれに出演する事によって知名度を上げた。
Afishaは2011年から2013年にかけての反プーチンの抗議運動にも積極的な役割を果たした。公正な選挙を要求するマニフェストを発行し、表紙に野党党首アレクセイ・ナワリヌイを載せた(ナワリヌイは「プーチンが最も恐れる男」と呼ばれ、反プーチン活動を続けてきた弁護士出身の政治家。政権の汚職を追及し、黒海沿岸のリゾート地にある「プーチン宮殿」をすっぱ抜いたことでも有名だが、2020年に化学兵器ノビチョクで暗殺されかけドイツで療養。翌年ロシアに戻ると同時に逮捕され、現在も投獄されている反プーチンのシンボルである)。このような反プーチン的姿勢のためか、2014年にはAfishaの親会社がガスプロム(ロシアの国営エネルギー企業)に買収され、編集スタッフのほとんどが解雇された。ロシアでは政権の意に沿わない企業はこのようにして潰されたり骨抜きにされるケースが非常に多い。2015年12月号で印刷版は休刊したが、以前より運営していたオンライン版は今でもロシア有数の人気サイトである。現在のAfishaは政治的な色は薄めのエンタメ系情報サイトである。

では、この「新しい波」の代表的バンドを紹介する。

Sonic Death

Sonic Deathは2011年に元Padla Bear OutfitのArseniy Morozovを中心にサンクトペテルブルクで結成された。PBOもローファイバンドとしてなかなかの人気があったが、仕切り直しとして解散、SDの結成となった。バンド名はSonic Youthのアルバム名から取った。2011年に初めてのEP「Sonic Death」をリリース。翌2012年に1stアルバム「Gothic Session」をリリース。タイトルやジャケットデザインから想像されるような音を期待して聴くとガクッと膝から崩れ落ちるようなペッコペコのローファイサウンドのガレージパンクなのだが、やはりタイトルから想起されるようなどこか不気味でどす黒いものを感じさせるその音はセンセーションとなり、すぐにカルト的な存在となった。「ローファイの美学」はプーチンに対する反抗姿勢であり(つまり「良いものを作れ」という政府の奨励に対して「ペコペコの粗悪なものを作ってやったぜ」というような事だと推測)、その姿勢は彼らに続く新しいバンド達の「ロシア語でローファイ(Sonic Deathのアルバムタイトルは英語が多いが歌詞はロシア語)」という方向性の規範となった。2013年のアルバム「Home Punk」は高い評価を受け、2010年代のロシアの主要なアルバム100枚にも選ばれている。初期の音はペラペラな音質のガレージパンクだったが、徐々にBlack Sabbath感のあるガレージサイケに変わってきている。

www.vice.com中心メンバーのArseniy Morozovはなかなかの個性的な人物のようで、悪意をまき散らす毒舌キャラであったようだ(Sisters of MercyのAndrew Eldrichみたいな)。Sonic Deathのアルバムタイトルにはしばしば「Gothic」という言葉が登場し、ジャケットデザインにはブラックメタルコープスペイントをしたメンバー写真がよく使われているが、これはその「悪意」を象徴するものなのだろう(音は決してゴスでもブラックメタルでもない)。こちら↓のインタビューはロシア語なのだが、彼のキャラクターがよく分かるので是非翻訳ソフトを使って読んでみてほしい。また彼は2016年からАрсений Креститель(Arseniy the Baptist 洗礼者アルセニー)というサイドプロジェクトもやっている。

sadwave.com2022年のロシアのウクライナ侵攻では「新しい波」のバンドはほぼ100%侵攻に反対の立場を表明していた。とは言え多くが言葉を選んで批判していたが、Sonic Deathのインスタグラム(アルセニーが書いているのだろうが)ではもう「Fuck Putin」とかゴリゴリにプーチンを罵倒していた。政府による「ロシア国内での演奏が望ましくないミュージシャンのリスト」には彼らの名前はないようだが(これに載っているのは超メジャーなバンドばかりなのでインディーバンドは単に記事に出てないだけなのかも)、やはり現在はロシアを出てジョージアトビリシに活動拠点を移している。
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Pasosh(Пасош)

サンクトペテルブルクのSonic Deathがロシアのインディーシーンをかき回し始めると、他の都市でもそれに続く動きが出始めた。Pasoshは2014年にモスクワで結成されたスリーピース。Pasosh(Пасош)とはセルビア語でパスポートの意味。中心メンバーのPetar Marticはセルビアベオグラード生まれで子供の頃にロシアに移住。イギリスの芸術大学で学んだ。Jump Pussyというラッププロジェクトで音楽キャリアをスタートさせロシアのネットで一躍有名になったが、すぐに消滅してPasoshを結成。Jump PussyでDJをやっていたKirill GorodniyはPasoshではギターを弾いている。2015年に1stアルバム「нам никогда не будет скучно(We Will Never Be Bored)」をリリース。ロシア語によるラフでフレッシュなローファイガレージパンクは評判を呼び、瞬く間に人気バンドになった。2016年の2ndアルバム「21」はツアー経験のおかげで1stよりも複雑な構成になり、バンドの格を上げ大規模なツアーや大きなフェスへの参加につながった。モスクワの「新しい波」の中心バンドとなってアルバムも4枚リリースしたが、2021年にPetar MarticがガールフレンドからDV被害で訴えられ、バンドは活動停止に。Kirill Gorodniyによると、バンドはあらゆる暴力に反対の立場であるのにメンバーが暴力で訴えられるのは整合性がないため活動停止にしたが、状況が変わればいつでも戻るつもりだという事なので解散ではないらしい。
Pasoshの音はロシアの伝統的なパンクよりも90年代のアメリカのインディーシーンの瑞々しさが感じられ、Dinosaur Jr.や90’sエモのノイジーで自由なギタープレイを思い起こさせる。ロシアのインディーロックの一つの到達点となったバンドであると思うので活動停止は非常に残念である。なおPetar MarticはPasosh活動停止後にソロアルバムを出している。ウクライナ侵攻でベオグラードに戻っていたようだが、たまにモスクワでライブもやっているようだ。
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Ploho

Ploho(「悪い」の意味)は2013年にシベリアのノヴォシビルスクで結成された。冷たく憂鬱なポストパンサウンドはまさに「Russian Doomer」のイメージそのものであり、「新しいロシアの波」を代表するバンドである。後にMolchat Domaのようなバンドがたくさん出てきたのは明らかに彼らの影響だろう。
2013年に最初のミニアルバム「Ploho」を自主制作でリリース以来しばらくDIYリリースだったが、2020年にカナダのArtoffact Records(インダストリアルやゴス系が多いようだ)と契約、過去作品もここから再発された。このため彼らのフィジカル音源は比較的日本でも手に入りやすい。
彼らの音楽の源はKinoだったそうで、そこからポストパンクという音楽を知ってJoy DivisionやBauhaus等に遡っていったらしい。混乱の90年代にシベリアで育ったというのも彼らの音楽に相当な影響を与えているだろう。ソ連時代の殺風景な共同住宅群が作る陰鬱なグレーのイメージ、寒さは如実に彼らの音に表れている。そもそもポストパンクはロシアの気質や風景と非常に相性がいいのだ。カリフォルニアのポストパンクにも個人的に好きなバンドはいるが、絶望の国ロシアのポストパンクバンドが出す音にはとんでもない虚無のリアリティがある。言葉は分からなくても、その説得力は誰もが感じるだろう。
Plohoも例によって現在はロシアを出ているようだ。ヨーロッパツアーは頻繁にやっているようなのでひとまず安心だが。
また彼らは2016年からBitcevsky Parkというサイドプロジェクトもやっている。
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post-punk.com

Buerak(Буерак)

Buerak(「小峡谷」や「小水路」といった意味)は2014年にシベリアのノヴォシビルスクで結成された。上記Plohoもこの街で結成で、「新しい波」の主要バンド二つがここ出身なので「新しい波はシベリアから始まった」と言われる事もあるようだ。メンバーはArtyom Cherepanov(Vo/B)とAlexandr Makeyev(G)の二人である。彼らは未だにノヴォシビルスクに住んでいるそうだ。2014年に最初のEP「Преступность / Крестьянство(犯罪/農民)」、2015年にEP「Пролетариат(プロレタリアート)」をリリースした後、2016年に1stアルバム「Танцы По Расчёту(Dancing By Calculation、「計算ずくで踊っている」みたいな意味か)」をリリースするとすぐに人気バンドとなった。彼らの特徴はその皮肉に満ちた歌詞で(作品のタイトルからもなんとなく伝わってくるだろう)、彼らの作品は「ポストパンクをやっているファッショニスタへの嘲笑」とも言われているらしい。歌詞を翻訳ツールで読んでみるとなかなか面白い事を歌っているので是非どうぞ。なお彼らは架空の町「ウスト・チリム(Усть-Чилим)」に住んでいる人々の事を歌っているという体らしい。ここの住民は闇と無知の集まりだがすべてに満足しているそうだ(日本語には「暗愚」という言葉があるがまさにこれ)。これは政府からとがめられずにロシア社会を批判するのに好都合で、ある意味発明的だ。

www.m24.ru彼らの極初期の音はPlohoのようなダークなポストパンクだったが、次第にオリジナリティを確立していった。歌心のあるロマンティックなギターサウンドが惹きつけるが、そんなギターとは不釣り合いなほど(あえての)無感情・無表情な「棒」ヴォーカルが奇妙な味わいを醸し出す。これが熱唱タイプのヴォーカルだったら嘲笑しているような独特のニュアンスは出なかっただろう。そんな彼らは若者の熱狂的な支持を受け、Bol Fest(下記参照)でもヘッドライナーを務めた。彼らのツアーマネージャーはBolの主催者でもあったのだが、金銭関係でもめてバンドは彼を提訴した。そのためバンドはフェスから締め出される事になった。
そんな事も彼らがビッグになったからだろうが、現在のロシアを代表するギターロックバンドである。彼らもまた80年代のソ連のバンドと同時代のイギリスの陰気なポストパンクへの愛を表明しているらしい。
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2010年代後半 - Bol(Боль) Festival

ロシアのインディーシーンの活況から、こうしたロシア語で歌う新しいバンドを集めたフェスティバルを開催しようと思い立った者がいた。上記BuerakやPasosh、PlohoなどのツアーマネージャーだったStepan Kazaryanは、2015年にモスクワで「Bol Festival(Фестиваль «Боль»)」を立ち上げた。「Боль」とは「痛み」の意味で、検索結果では「Pain Festival」でヒットする場合もある。彼は若いバンドのショーケースフェスである「Moscow Music Week」の創立者でもある。
初年度は豪雨に祟られて物販が売れず赤字になったそうだが、翌2016年では借金も返済出来て黒字も出たらしい。

the-flow.ru↑Stepan Kazaryanのインタビュー。「Новая русская волна(New Russian Wave)」という呼び名は彼が付けたものらしい。この呼び名は「Neue Deutsche Welle(ノイエ・ドイッチェ・ヴェレ New German Wave、1970年代後半から80年代前半のドイツのパンクやニューウェイヴ系のムーブメント。D.A.F.などが有名。ドイツ語で歌った事が特徴)」に似ているな、と思っていたがやはりそれにちなんだらしい。

Bol Fest 2015

Bol Festival 2015ラインナップ(Rockgig.netスクリーンショット

Bol Festivalは毎回海外ゲストを呼ぶというのが恒例になっていて、初年度はセルビアのRepetitorとベラルーシのSuper Besseを招いた。ヘッドライナーのСруб(Srub、丸太小屋の意味)はオカルトフォークの入ったポストパンクというかなり面白いバンドで、2014年に出した1stアルバム「Сруб」で話題を呼んだ。ロシアのロックの歴史を知ってから改めてこのラインナップを見ると、Stepan Kazaryanの審美眼に感じ入るばかりである。センスがいい!

www.vice.com↑ViceのBol Fesrival 2015の記事。ロシアのロックの歴史も非常に短く端的にまとめてあるのでおすすめ。

Bol Fest 2016

Bol Festival 2016ラインナップ(Allfest.ruより

2016年の第2回ではスポンサーも付いて、参加バンドの数も前回よりもぐっと増えている。Padla Bear Outfitが再結成(?)してSonic Deathとしても出演している。Summer of HazeやIC3PEAKといったウィッチハウス勢が出ているのも旬な感じだ。

Bol Fest 2017

Bol Festival 2017ラインナップ(Trip2Festより

2017年はデンマークのIceageというワールドワイドで人気のバンドを初めて招いている。Group Aはベルリンに拠点を移した日本の実験的エレクトロニック系デュオだ(二人とも女性)。スイスからはエクスペリメンタル・ポップのAisha Devi、イギリスのコールドウェイヴ系The KVB、アメリカのエレクトロニックユニットLOTICとインターナショナル勢がかなり増えた。また初回に出たベラルーシのSUPER BESSE、ウクライナハルキウ出身のПошлая Молли(Poshlaya Molli、英語にするとVulgar Molly 「下品なモリー」の意味)といったロシアで人気の近隣国のバンドも出演している。そしてХаски(Husky)などの人気ラッパーが増えているのも特徴だ。ShortparisやUtro(Утро)、ポップパンクのSSSHHHIIITTT!!!が初出演なのも注目に値する。

Bol Festival 2018ラインナップ(High Decibelsより


2018年は二日間の開催となった。好調なのが窺える。エストニアのラッパーTommy Cash(東欧圏では非常に有名)がヘッドライナーを飾っているように、このフェスはロックやヒップホップといった垣根なく音楽を聴く層に向けている事が分かるだろう。アメリカのポストパンク/インダストリアルのThe Soft Moonは個人的に好きなのだが、主催者のStepan Kazaryanは彼が持っている「相貌失認」(脳障害の一種で、他人の顔が覚えられない症状)をThe Soft MoonことLuis Vasquezも患っているという事が分かって非常にシンパシーを感じたらしい(彼のFacebookより)。他にイギリスのノイズパンクSlaves、アイスランドのゴシックKælan Miklaなどもし自分がロシアにいたら絶対見に行きたい内容のフェスだ。ソ連時代のシンセポップへのオマージュを信条にしているElectroforez(Электрофорез)が、その大先輩のAlyans(Альянс)と一緒に出ているのも熱い。

Bol Fest 2019

Bol Festival 2019ラインナップ(Muz24より

2019年は3日間の開催というビッグフェスティバルとなった。この頃にはモスクワの夏の一番の注目イベントの一つにまで成長し、出演したロシアのインディーバンドはメディアからも注目を集めるようにもなった。アメリカのDeath GripsやHEALTH、Cloud Nothings、イギリスのBlack Midi、日本の幾何学模様も出ている。スポンサーの数も増えて商業的にも大成功だったようだが、事実上最後のBol Festとなってしまった。まだ世界的にブレイク前のMolchat Domaが出ている事に注目!

また、Bolは興行的に成功しており、ロシアのインディーシーンの成熟を海外に知らしめるため、2018年に東ヨーロッパ各国を廻るショーケースツアーを行った。バンドはこれまでのBol出演者からの選抜メンバーとしてShortparis、Glintshake(ГШ)、Spasibo(Спасибо)、Kazuskoma(Казускома)、そしてElectroforez(Электрофорез)の5バンドである。移動型のミニフェスとしてミンスクワルシャワポズナン、ベルリン、カリーニングラードを廻った。このツアーで西側メディアにも徐々にロシアのインディーシーンの事が知られるようになったようだ。

ベルリンでのBol Festivalの告知ページ(Greyzoneより

このツアーの様子を「i-D」マガジンがリポートしている。同行したロシアの写真家が撮った写真は瑞々しい青春の息吹に満ちている。

i-d.vice.com

ロシアのインディーシーンはBol Festと相互作用で共鳴し成熟していった。前置きが長くなったが、ここからはBol Festから人気が出ていったバンドを紹介しよう。まずは選抜メンバーから!

Shortparis

Shortparisは2012年にサンクトペテルブルクで結成。エレクトロニクスを使った、実験的で演劇的なアートパンクをやっているバンドである。長年ロックを聴いているが、彼らのようなバンドはちょっと他には思い当たらない。彼らの強みは、言葉には出さないが(よって検閲をすり抜ける)ロシア人のトラウマや深層心理に強く訴えかける政治的・社会的なビデオクリップと、「ロシア一のライブバンド」と呼ばれるそのライブパフォーマンスである。こういうバンドはロシアでなければ生まれなかっただろう。彼らについての詳細は個別記事をこちらで書いているのでどうぞ↓

russianindieguide.hatenablog.com

私がロシアのバンドを聴くきっかけになったのがShortparisだったのだが、ロシア語もロシアのシーンの様子も全く分からない中で検索しまくったらこのBol Festのヨーロッパ遠征ツアーの英語記事がヒットして、探っていく糸口になった。なので最初に聴いてみたのはこの選抜メンバー5バンドで、どれも本当にクオリティが高いバンドだったのでますますロシアのシーンへの興味が高まっていった。ソ連時代のバンドも今のバンドもあらかた聴いてみた後では、Bol Festから入ったのは我ながらなかなか核心を突いた選択だったと思う。もし2000年頃のメジャーシーンのバンドを聴く機会があっても興味は持てなかったと思う。
Stepan Kazaryanが彼らを遠征ツアーのヘッドライナーに据えたのも、これからのロシアのシーンを引っ張っていき、海外にも進出できる実力を確信したからだろう。熱く洗練されたステージングはいつかこの目で見てみたいのだが、かなう日が来るだろうか。なお彼らはソ連時代の、そしてロシアンパンクの父と呼ばれるGrazhdanskaya Oboronaと、レニングラードのロックとジャズシーンの境にいた実験的アーティスト、セルゲイ・クリョーヒンに影響を受けているらしい。
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Glintshake/GSh(ГШ)

Glintshakeは2012年にモスクワで結成された。中心メンバーのEkaterina Shilonosova(Vo)とEvgeny Gorbunov(G)は前年にカザンで出会い、Shilonosovaがモスクワに拠点を移してバンド結成。ShilonosovaはKate NV名義でのソロ活動も目覚ましい(NYのレーベルからリリースしていて来日も2回している)。Evgeny Gorbunovは既に人気のあったパンク/ヒップホップバンドのNRKTKのメンバーだった。ベースのDmitry Midborn(現在は脱退してソロで活動中)は元Tesla BoyとOn-The-Goというキャリアのあるミュージシャンだった。バンド名は初期の英語歌詞だった頃はGlintshakeだったが、ロシア語歌詞になってからは「ГШ」(ラテン文字にするとGlintのGとShakeのSh)に変更しているので、過去作品を検索する時には注意が必要である。
2012年に最初のEP「Freaky Man」をリリース。数枚EPを出した後、1stアルバム「Eyebones」をリリース。この頃の音はSonic Youthのようなノイズロックっぽいインディーロックだった。2015年に彼らは英語で歌うのをやめ、音楽スタイルも90年代のオルタナティブロックからの影響を拭ったものに変えると宣言。そして2016年にロシア語歌詞のアルバム「ОЭЩ МАГЗИУ(OESCH MAGZIU)」をリリース、高い評価を得た。このアルバムでは方向性もアヴァンギャルドなものに一気に変わった。リズムも変拍子を多用した複雑なものになり、フリージャズの影響も感じさせるようなものになった。以降このようなスタイルの音楽を追求している。方向転換後は彼らは80年代ソ連のバンドの中でも特に前衛性の高いZvuki Mu(Зву́ки Му)や、ロシアアヴァンギャルドからの影響を公言している。彼らのこうしたアヴァンギャルドな音楽性はそれだけでも素晴らしいものだが、Ekaterina Shilonosovaのカラフルでキュートな魅力がより精彩を与えている。彼女のソロのKate NVも「アヴァンかわいい」とでも言いたくなるようなアヴァンポップである。彼女は「ロシアインディー界のイットガール(皆の注目の的のセクシーでかわいい女の子の事)」としてもてはやされたようだ。彼女は日本のアニメ「セーラームーン」が死ぬ程好きらしく、ソロのアルバムではこれに捧げている作品もある。またEvgeny GorbunovはこれまたアヴァンギャルドなサイドプロジェクトInturist(Интурист)もやっている。
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Spacibo(Спасибо)

Spaciboは2013年にモスクワで結成された。「Spacibo(Спасибо)」とは「ありがとう」という意味でロシアに旅行に行ったらまず最初に覚える言葉だ。彼らはBol Fest第一回目から出ている常連。中心メンバーのRasel Rakhman(麻原彰晃に似ている…。バングラデシュの血を引いているそうだ)はモスクワのアンダーグラウンドシーンの中心人物の一人で、他のバンドのメンバーと数々のサイドプロジェクトもやっている。彼らについては個別記事を書いているのでどうぞ。↓

russianindieguide.hatenablog.com

彼らと親しいPasoshにも共通するが、彼らの音も90年代のUSインディー、90's エモの香りを感じる。モスクワにはそういう空気があるのかもしれない。特に彼らにはFugaziのようなポストハードコアが本性なのではないかと感じる部分が多々あり、ここがあまりロシアのバンドにはいないタイプで個人的にも買っている所だ。彼らのライブパフォーマンスは本当に素晴らしく、是非上の動画を見ていただきたい。このチャンネルはロシアのインディーシーンのフレッシュなバンドのスタジオライブがたくさん見られるのでおすすめだ。
個人的には彼らは私が2番目に知ったロシアのバンドで、彼らの音を聴いて「こりゃロシアのシーンは一体どういう事になってるんだ?」と掘りまくるきっかけになった。
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Kazuskoma(Казускома)

Kazuskoma(意味は不明。翻訳ソフトを使っても「かずこま」と出る)は2015年にモスクワで結成されたスリーピースだ。ロシアには彼らのようなバンドはちょっといないのではないかと思うような異質なタイプで、その見た目からも分かるようにBlack Sabbathと70年代ロックにMotorheadとパンクをぶち込んだような、レトロ感のある音が特徴だ。ロシアの新世代バンドは80年代に影響を受けているバンドが多いが、彼らはその前の時代からの影響下にあると思われる。しかし演奏がやたらとタイトなのがやはり昔のバンドとは一味違う所だ。ロシアのポストパンク系のバンドは閉塞感・悲壮感の塊のようなものが多いが、彼らはMVもユーモラスで演奏することが楽しくて仕方がない、といったような姿勢が感じられる。80年代UKゴスシーンのトップバンドだったThe Cultが「Electric」で突然埃っぽい70‘sサウンドに変化した時と似たような感じかも。とにかくライブで鍛えまくっているのでBol Fest以外のフェスにもよく出演している。こういう個性派を選抜メンバーに選ぶというのはなかなかのセンスだ。
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Electroforez(Электрофорез)

Electroforez(Electrophoresis、科学用語の「電気泳動」の意味)は2012年にサンクトペテルブルクで結成されたシンセポップデュオである。メンバーはIvan Kurochkin(Vo)と Vitaly Talyzin(Key)。彼らのサウンドソ連時代のシンセポップへのオマージュ、退廃的な歌詞、ダークな美意識によって構成され、ロシアのダークウェイヴで最も成功したバンドの一つである。Ivan Kurochkinは子供の頃に教会の合唱団で歌っていた経験があり、ヴォーカルに聖歌の唱法を生かしている。
2012年に1stアルバム「#1」をリリース。初期の彼らの音は当時のインディーシーンの流行を踏まえローファイ・エレクトロニクスだった。熱心にツアーを重ねて実力を付けていくうちにローファイからリッチで荘厳なサウンドに変化していき、2017年の2ndアルバム「Quo Vadis?」は複雑なアレンジと美麗なメロディが際立つ作品となった。2021年の3rdアルバム「505」(505とは彼らが卒業した学校の名前である)はスラヴ民族の伝統的なメロディと社会批判的な歌詞で高い評価を受けた。
また2021年の終わり頃、彼らの曲はTikTokで人気となった。
2023年のウクライナ侵攻から1年経った日に彼らは「Quo Vadis?」の新しいリリックビデオを公開している。上で貼った最初のビデオからはうかがい知れなかった歌詞の重い意味が分かるような作りになっているので是非どうぞ。

彼らは2016年のBol Festに出演しているのだが、このライブ中に二人で突然殴り合いを始め、流血しながら演奏を続けるというハプニングがあった。主催者のStepan KazaryanはそれまであまりElectroforezに興味を持ってはいなかったのだが、この一件で俄然気に入ったらしい。飛び蹴りもある唐突なケンカシーンは面白いので是非どうぞ↓


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他にもBol Festで名前が知られた注目バンドも紹介していこう。

Srub(Сруб)

Srub(丸太小屋)は2015年のBol第一回でのヘッドライナーである。2013年にノボシビルスク(PlohoやBuerakと同郷)で結成。彼らの音は非常にユニークで、ポストパンクにロシアのフォークロアとオカルト要素を合体させたようなものである。このブログではあまり扱っていないが(個人的に詳しくなくて下手な事言えないので)、ロシアはブラックメタルやペイガンメタルも非常に盛んであり、そういう方面からの影響を受けた、いわば「Blackened Post-punk」と言ってもいいだろう。2014年の1stアルバム「Сруб」で注目を集め、海外のメディアでも頻繁に採り上げられてライブやフェスに招待され始めた。以後コンスタントにアルバムを出しており、ロシア最大のフェスInvasionにも出演している。
ストパンクのバンドのヴォーカルは比較的ボソボソつぶやくようなタイプが多いが、Srubは雄々しく朗々としたバリトンである。こういう男っぽいヴォーカルにどことなくトライバルなデッカいドラムサウンドで突き進む彼らの音は、なんだか訳の分からない力業でねじ伏せられるような迫力がある。非常に面白いバンドなので是非アルバムを聴いてみてほしい。ちなみにBuerakによると彼らは沼に住んでいるらしい(?)。
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Lucidvox

LucidvoxはBol Fest全5回のうち4回も出ている常連である。2013年にモスクワで結成された女性4人組である。上のSrubに続いて彼女達もスラヴのオカルティックな雰囲気を濃厚にまとったバンドで、力強いノイズロック/サイケデリックロックの魔女達という感じである。自国の言葉に立ち返った時、民族的な呪術要素というのはどうしても出てくるものなのだろう。ドイツのレーベルGlitterbeatからアルバムを出しているので海外でも比較的知られており、2020年のアルバム「We Are」は日本でも輸入盤を日本語パッケージでくるんだものが流通しているようだ。魔女の呪いの骨太サイケは一聴の価値あり。
彼女達はSpaciboと親しいようで、彼らのアルバムにもコーラスで参加している。
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IC3PEAK

IC3PEAK(アイスピークと読む)は2013年にモスクワで結成された、ウィッチハウスシーンから出てきた男女デュオ。初期は英語で歌っていたが、ロシア語に変更してからは政治批判・社会批判的な姿勢を先鋭化し、彼らへの支持は爆発的に高まった。「新しい波」世代のバンドは作り込んだビデオクリップでリスナーにメッセージを届ける者が多いが、彼らはその急先鋒であり、2018年に政府から「政権への侮辱と未成年への悪影響」を理由にロシア国内でのライブ活動を禁止された。
彼らについては個別記事を書いているので詳細はこちらでどうぞ↓

russianindieguide.hatenablog.com

初期の彼らの音は透明感のあるエレクトロニックミュージックだったが、次第に実験性が強まりヒップホップの要素が多くなっていった。思いっきり低音の効いたビートと、無垢さと邪悪さを併せ持ったソプラノヴォイスの組み合わせは本当にかっこいいので是非一度聴いてもらいたい。洗練されたビジュアル表現も魅力的だ。一貫したダークな美意識とパンクな姿勢でロシア国内のみならず海外からの人気も高い(というより海外での人気が先行していた)。政府と戦い続けるのは大変だとは思うが、応援していきたい。
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Uvula(увула)

Uvulaは2015年にサンクトペテルブルクで結成されたドリームポップバンドである。その繊細で美麗なギターサウンドから「ロシアのThe Smiths」とも呼ばれる。バンド名のUvulaとは「口蓋垂(のどちんこ)」の意味である。
2017年の2ndアルバム「я думал у меня получится(I Thought I Could Do It)」から注目を集め始め、大きな会場での演奏機会にも恵まれた。2020年には有名なテレビのトーク番組にも出演。彼らはPasoshのレーベル「Домашняя Работа(Homework)」に所属していたが、2021年にPasoshのPetar Marticが暴力事件で告発されるとこのレーベルは崩壊。以降彼らの作品は自主リリースで世に出ている。これまでに4枚のスタジオアルバムと数多くのEPやシングルをリリース、2020年にはPasoshとのコラボアルバムも出している。
2022年のウクライナ侵攻が始まると、彼らは国家に協力的なVK(フ・コンタクテ、ロシア版FacebookのようなSNS旧ソ連諸国では一番使われている)やYandex(ロシアのIT企業グループ。音楽プラットフォームからデリバリーアプリまで幅広く展開している)から自分たちの音源を削除するとVKアカウントで発表した。2022年11月、彼らはロシア政府のブラックリストに加えられた事により国内での演奏活動が不可能になったため、バンドの解散を発表した。人気も申し分なかったが、現在はアルメニアエレバンに逃れているようだ。
彼らのサウンドはポストパンク、ドリームポップ、シューゲイズ、ジャズなどの要素を含む幅広い音楽性で、2ndアルバムではサックスを取り入れるという試みも。特に2019年の3rdアルバム「Нам остается лишь ждать(We Just Have to Wait)」からの音楽的充実度は素晴らしく、儚く愁いを帯びたヴォーカルと夢見るようなギターサウンドをしっかりとしたリズムセクションが支え、今後いくらでも傑作を出せる可能性のあるバンドだ。2023年中には未発表作品をBandcampとSoundcloudでのみ発表するとの事で、その売り上げは人道支援に使われるそうだ。政府のブラックリストに載せられても、経済的に体力のあるバンドなら海外でも活動を続けられるが(Pornofilmy、Lounaなど)、DIYベースのインディーバンドだとなかなか厳しいのかも知れない。国家のせいで才能あるバンドが活動できなくなる事に強い憤りを感じる。戦争が終わったら復活してくれる事を願っている。
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Istochnik(Источник)

Istochnik(Sourceの意味。Ustochnukとラテン表記される場合も)は2017年にAndrey Tarasov(Vo,G)とLeonid Iordanyan(B)によってモスクワで結成された。ドラマーは安定せずサポートメンバーが叩いているようだ。2017年に1stアルバム「Может, правда все закончится вот так(Maybe This Is How It Ends)」をリリース。初期の彼らの音はエモをベースにしたインディーロックだった。翌2018年には2ndアルバム「так я в детстве все и представлял(So I Imagined Everything in Childhood)」ではより複雑さを増しメランコリックな要素が強くなり、PasoshのPetar Marticもゲスト参加している。音楽的な成長は大規模なツアーにつながり、Bol Festを始め大きなフェスティバルのメインステージで演奏した。結成して3年にも満たないバンドとしては非常に順調な道のりだ。2020年のパンデミックにおける自主隔離でいろいろな音楽を聴き込んだらしく、同年10月リリースの「Pop Trip」ではジャズやサイケデリック、ヒップホップ、ファンクなどの要素が見事に昇華され、深みのある仕上がりとなっている。2020年末にはアイルランドウイスキーブランドJamesonに彼らの曲が使われたり、テレビの人気番組で演奏したりとすっかり人気バンドになった。
しかし2022年12月、Leonid Iordanyanがバンドからの脱退をSNSで表明。「外的事情といくつかの理由」と書いているので、ウクライナ侵攻が理由の一つであることは確かだろう。彼のInstagramを見るとアルメニアにいるような投稿もあるのでロシアを出たのかもしれない。この月に発表されたIstochnikのシングルを聴くと当初とはずいぶん違う音楽性になっているので方向性の違いもあるのかも。というか2022年に21歳になったという投稿を見付けて驚愕!まだそんなに若いの?!という事は高校生の時にバンドを始めてすぐに人気バンドになり、「Pop Trip」のようなアルバムを作っているのだからとんでもない才能だ。Istochnikは解散ではないようなのでAndrey Tarasovのソロプロジェクト的なものになるのかも知れないが、そんなに若いのならまだどうにでも出来る。見守っていきたい。
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ssshhhiiittt!

ssshhhiiittt!(静かにするように注意する時の「シーッ!」という意味と「shit」を掛けているものと思われる)はNikita Kislov(Vo,G)を中心に2015年にロストフ・ナ・ドヌーで結成された。バンドの結成と同時期にKislovは地元の大学に入学したが、中退してバンドはモスクワに拠点を移す。バンドの創作意欲は旺盛で2017年にはアルバムを3枚も出す。2019年の二部構成のミニアルバム「Последнее лето(Last Summer)」のPart2からの曲「танцы(Dancing)」がSpotifyで2000万回以上の再生数を記録し、Spotifyによると「2020年にInstagramで共有されたトップ5トラック」となったらしい。2020年のアルバム「Третья жизнь(Third Life)」はApple Musicのチャートの17位まで上がり、シングル「Засыпай(Fall Asleep)」はSpotifyで1000万回以上再生されたらしい。このように彼らはストリーミングサービスから火が付き、大規模なツアーやフェス出演といういかにも今風の売れ方をしたバンドだ。
彼らの音はローファイなガレージっぽいインディーロックである。正直2017年に立て続けに出したアルバムの頃は平板な音であったが、翌年の「Зло(Evil)」辺りから緩急を付けた音作りになりダイナミクスが生まれた。また2022年にはバンドの旧名である「Shit Shit Shit!」名義でアルバムを出している(が本体とそんなに違いのある音ではない)。いずれにしても、現在進行形で今のロシアの若者の間で最も人気のあるインディーバンドの一つだろう。若々しさ溢れる音は魅力的だ。
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uSSSy

uSSSyは2007年にモスクワで結成されたエクスペリメンタルバンドだ。ここで採り上げている他のバンドに比べると、SNSでのフォロワー数がめちゃくちゃ多い訳でもないしSpotifyでの再生数がずば抜けている訳でもないが、ロシアのシーンにはこういうバンドもいるという事を知ってもらいたくて採り上げた。Bol Festには2017年と2019年に出演している。結成当初はブルース、テクノ、ブラックメタルの要素が入ったノイズロックをやっていたらしいが、次第に中東の音楽への探求から生まれた独自のエクスペリメンタル・サイケデリックロックというようなものに固まっていった(ちなみにインストゥルメンタルバンドである)。彼らの音楽の特徴は、中東で一般的な四分音(半音のさらに半分の音程)フレットの取り付けられた特殊なバリトンギターによるサウンドである。彼らの音楽は60~70年代のトルコのサイケデリックミュージックとよく比較されるそうである。彼らのロックのリズムセクションと中東ギターサウンドの不思議な融合は初めて聴いた時に非常に惹かれるものがあった。ちょうどポストパンクではなくロシアのエクスペリメンタル系のバンドを探していたので(ポストパンクはほっといても見付かるw)、まさに「きたーーーー!!!」とお宝発掘の気分であった。こういうバンドは海外でも受けるんではと思ったら、Faith No MoreのBilly Gouldによって設立されたKoolarrow Recordsから出しているようだ。このレーベルは非英語圏のバンドを積極的に紹介しているらしく、ロシアの先輩Naivもレーベルメイトだ。

koolarrow.com個人的に中東の音楽に惹かれるのと、エクスペリメンタル系が好きなのでuSSSyを採り上げたが、ロシアのシーンの幅広さを感じてもらえたらと思う。ロック版Muslimgauzeのようなかっこいいバンドだ。
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Super Besse

Super Besseはベラルーシのバンドであるが、事実上ベラルーシのバンドはロシアでの活動が前提であるので(ベラルーシ国内の市場は小さ過ぎるので)ここでも採り上げる。実際海外でのロシアンポストパンク人気を牽引しているのはベラルーシのMolchat Domaであり、ちょっと先輩でBol Fest第一回に出演しているSuper Besseを無視できる訳がない。ポストパンクバンドとして非常にクオリティの高い存在だ。
彼らは2013年にベラルーシミンスクで結成された。バンド名はツールドフランスで有名なフランスのスキーリゾートの町、シュペール・ベスから取っているらしい(「スーパー・ベッセ」ではないんですね)。結成後すぐに東ヨーロッパやバルト諸国を熱心にツアーし、Talinn Music Week(エストニアのタリンで毎年開催される音楽フェス。主に東欧や北欧のバンドが出演する)などのフェス出演で注目される。2015年リリースの1stアルバム「63610 *」はロシアでも高い評価を得た。西ヨーロッパも積極的に廻り、2018年は台湾や中国もツアーしている。
彼らの音は(もうここまで来るとお馴染みの)Joy Divisionタイプのポストパンクなのだが、ロシア・ベラルーシに数あるこの手のバンドの中でも群を抜いてリズムが研ぎ澄まされている。ヘロヘロローファイ系ではなくてキリっとした小気味よい音はWire的かも知れない。スタイルはJDだけど音色はWire、みたいなもんだろうか。ポストパンクいいとこどりのようなバンドである。これまでに4枚のオリジナルアルバムを出しているが、どれも質が高いので是非聴いてみてほしい。
ベラルーシ出身のバンドはいいバンドが多いので特集記事を書こうかと思案中。
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Husky(Хаски)

Huskyはロックではなくラッパーであるが、Bol Festを語る上では外せない存在だ。Bolにはロック系だけではなくかなりの数のラッパーも出演しており、Huskyは「新しい波」の顔の一人でもある。2000年代後半にロシアのインディーロックシーンが盛り上がり始めた頃、同時進行でロシアのヒップホップシーンも成熟していった。「ロシア語のロック」と「ロシア語のラップ」が一緒に発展していった言わば交点がHuskyかも知れない。現在のロシアのメインストリームは、世界の他の国々と同じくほとんどヒップホップだ。ロシアのヒップホップシーンは非常に層が厚く、Huskyはその文学的なリリックと重く鬱々としたサウンドプロダクションでロックリスナーにも受け入れられやすいだろう。
HuskyことDmitry Kuznetsovはイルクーツク生まれで生後すぐに極東のブリヤート共和国に引っ越した。ブリヤート共和国バイカル湖の南東部にありモンゴルに接し、モンゴル系の住民が多い。ロシア連邦でもダゲスタン共和国ジョージアアゼルバイジャンに接する)と共に最も貧しい地域として知られる。ウクライナ侵攻でもこれらの地域出身の戦死者が極めて多いとされる。
2010年、16歳でモスクワ大学(ロシアの東大)のジャーナリズム学部に入学(ロシア語で100点を取ったらしい)。在学中にカリキュラムとして国営放送局でジャーナリストとして働き、Russia-1(国営テレビ)ではコンテンツの検閲係をしていた。しかし2011年から反プーチン運動に参加し、この経験がきっかけとなり2013年に1stアルバム「сбчь жзнь(Save Your Life)」をリリース。彼は超党派的な立場で反体制的な感情を公言している。2017年の2ndアルバム「Любимые песни (воображаемых) людей」(Favorite songs of (imaginary) people)はこの年の最もヒットしたアルバムの一つとなった。
2018年になると彼のコンサートは当局にキャンセルされる事が増え、ミュージックビデオも禁止された(上で貼った「ユダ」など)。11月のクラスノダールのコンサートで当局から警告を受け、照明や音響を遮断されるも屋外でラップを続けた事により逮捕される。彼の逮捕はロシア社会に論争を引き起こし、OxxxymironやNoise MCらのラッパー仲間は彼を開放するためのチャリティーコンサートを開いた。世論により当局は彼を4日間の拘留の後解放した。
そんなこんなで反体制派ラッパーの代表格のような存在である(ロシアの人気ラッパーはほとんど反体制派であるが)。パンクロックが失ってしまったレベルミュージックとしての役割を、ラップはしっかりと引き継いでいるんだなとロシアのヒップホップシーンを見て思う。
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他にも「新しい波」には良いバンドが数多くいるが、きりがないので順次個別紹介ページを作っていきたいと思う。

政府の検閲の強化、コロナ禍、ウクライナ侵攻

「新しいロシアの波」のバンドはBol Festivalと共鳴してに若者の支持を得ていったが、2010年代も終わりに近づくと次第に様相は変化していった。

検閲の強化

プーチンの再任で日に日に言論統制が強まっていったが、、2010年代前半はまだ音楽への政府の検閲は緩かったのでそれが表現の自由を求めた若者のはけ口となり、結果的に新しい音楽の創造に繋がった。しかし後半になってくるとそうもいかなくなってきた。2018年、ロシアではケルチ工科大学の虐殺事件(ロシアの一方的な支配下にあるクリミアの大学で起きた銃乱射事件で19名死亡。アメリカのコロンバイン高校の銃撃事件に似たケースだった。ロシア政府はウクライナの関与をほのめかしたが実際にはそのような証拠は出なかった)とアルハンゲリスク FSB オフィス爆破事件(17歳のアナーキストの学生によるロシア連邦保安局の地方事務所爆破事件)という大事件が起きた。どちらも未成年による(一見反ロシア政府的な)事件だったので、政府は西洋のグローバリゼーションとサブカルチャー流入のせいで若者が急進化するとし、ラップが自殺、麻薬中毒悪魔主義、過激主義および反逆罪を助長するとしてこのジャンルを取り締まり始めた。その結果上で書いたようにIC3PEAKの国内でのコンサートが禁止され、ラッパーのFACE、Huskyなども対象となった。ラップだけではなく反政府的な主張をするバンド(Pornofilmyなど)もしばしばコンサートが当局によってキャンセルされた。また映画監督のキリル・セレブレニコフも罪をでっち上げられて自宅軟禁された。2018年はエンターテイメント界への言論統制が急激に強まり始めた年であった。

政府がラップを目の敵にすればそれだけ若者の支持は熱狂的になり、ロックよりもラップの人気が高まってきた。また2010年代前半の「新しい波」のバンドは二十歳そこそこで始めた者が多かったので、この辺りになると続かなくなってくる所も出てきた。その代表格がシーンを引っ張ってきたPasoshで、Petar Marticが2020年に暴力事件によって告発されたことにより活動停止(これはロシア社会ではかなりのスキャンダルだったようだ)。これがシーンに多少なりとも影響を与えた事は間違いないだろう。言論統制が強まる中でバンドを続けていくかどうか、その覚悟が問われた。

コロナ禍によるBol Festivalの中止

Bol2020

Bol Festival 2020ラインナップ(Bol Fest Facebookより

2019年は大成功に終わったBol Festだが、2020年はコロナ禍のため中止となった。イギリスのポストパンクレジェンドWireや、アメリカのDeafheavenなども予定されていて面白そうなメンツだったのに残念である。だが開催予定だった3月、YouTubeでライブハウス(モスクワの老舗16tons Club)からの生配信があって、ちょうどロシアのインディーロックをものすごい勢いで掘り始めていた私はリアルタイムで見ていた。まだアーカイブがあったので是非どうぞ!

2021年も開催アナウンスはあってラインナップも発表されていたのだが、残念ながら中止に。2021年になると再開するフェスも多かったと思うが、慎重だったようだ。

Bol2021

Bol Festival 2021ラインナップ(Bol Fest Facebookより)

ウクライナ侵攻

2022年になり、ようやくBol Festも全力で再開出来る事になりSNSでの告知も気合が入っていた。2019年よりも1日長く4日間のビッグフェスだ。Nick Cave and the Bad Seedsがヘッドライナーの非常に良さそうなメンツだった。

Bol2022

Bol Festival 2022ラインナップ(Bol Fest Facebookより)

しかし2月24日にロシアがウクライナに侵攻。世界中がロシアを非難し、西側のバンドのロシア公演は相次いでキャンセルされた。Nick Caveなどの海外バンドもBolへの出演をキャンセルしたので、またしても中止となった。Bolの主催者もロシアの出演バンドもほとんど反プーチンの立場なのに、このような事になって気の毒過ぎる。BolのFacebookのこの悔しそうな投稿は胸が痛い。

この記事に出てきたようなバンドは皆Instagramでフォローしているので、侵攻開始からの彼らの様子は 固唾を呑んで見守っていた。当初はみんなショックを受けていたようだった。ストーリーズに上がる投稿には動揺する気持ちが錯綜していた。一日ほど経つと今度は一斉に「Нет войны(No War)」の言葉が上がった。しばらくするとロシア政府が海外のSNSをブロックし始めたのでTelegramへ移動するような動きが続いたが、VPN接続が急速に広がったようで現在も普通に投稿できている。
その後政府がウクライナ侵攻に反対するバンドをブラックリストに入れ始め、ロシア国内で活動できなくなる者が数多く出た。

daily.afisha.ru↑これはAfishaの記事で、メインストリームのバンドの名前が挙げられている。DDTやBi-2、Zemfira、Noise MC、Oxxxymironなどロシアのロックやヒップホップの屋台骨を支えるアーティストばかりである。こんなにブロックしたらロシアの音楽界には誰もいなくなってしまうのではないか。案の定ヘッドライナーを出来るバンドがほとんどブロックされたので、2022年のロシア最大のフェスInvasion Festivalは中止。

istories.media

↑これはより詳細なリストの載っている英語記事。UvulaやTesla Boyの名前が挙がっている。リスト入りしたバンドはロシアを出なければならなくなり、載っていないバンドでもジョージアアルメニアカザフスタン、トルコ、イスラエルなどに拠点を移す者も増えていった。Bolの主催者Stepan Kazaryanは周りのスタッフと共にセルビアベオグラードに移住したようで、そこでライブブッキングの仕事をしているようだ。まるで亡命政府のようである。
と思ったら昨日の朝日新聞の記事にStepan Kazaryanが出ていてびっくり!

www.asahi.com

有料記事で申し訳ないが(うちは朝日を購読してるので紙で読んだ)、Kazaryanはベオグラードに2022年3月に移住したらしい。そこで音楽イベントを開いたりしているものの、ロシア人だという事でバンド側から拒否されたりと結構苦労が絶えないようだ。奥さんも心労から体調不良が続いているとのこと。旧ユーゴの80年代ポストパンク/インダストリアルシーンは正直ロシアよりもずっと洗練されていたので(この記事も書こうかと思案中)、多分今もその名残でいいバンドがいるんじゃないかと思う。彼がそういったバンドを世界に知らせるような仕事が出来ればいいのだが。

最後に

ロシアのウクライナ侵攻は終息が見えない。これからどうなるのか。ロシアの音楽シーンを長期スパンで見ていると、元KGB野郎が弾圧すると異様に盛り上がるという特徴がある。ロシア人の気質としてお上に「これがルールです」と押さえつけられると破りたくなるというのがあるらしい(小泉悠「ロシア点描」より)。80年代ソ連のアンドロポフ政権ではKinoなどのロック革命が起こり、2010年代のプーチン政権では「新しい波」が起きた。しかしあの当時はどちらも全面戦争状態ではなかったので今とはまた違うのかも知れないが。
このブログは、元々この記事に出てきたようなバンドを紹介したくて書き始めたが、書きながら詳細を調べていくと予想以上にロシアのバンドはプーチンと戦ってきた事が分かった。ウクライナ侵攻真っ最中にロシアのバンドを紹介するブログを書くのはもしかして反感を買うのではないかと思ったが、改めて「ロシアの若者も戦ってきた」という事を伝えたい。音楽から見たロシア現代史のような側面もあるので、ニュースで見るロシア社会が遠くに思えても、ロシアの若者の息遣いを感じていただければ幸いである。

私がロシアの若いバンドを聴き始めて一番不思議だったのは、2010年代初頭は英語で歌っていたのに、後半になるとロシア語になるバンドがやたらめったらいる事だった。この謎を解こうと必死に探したがどうもいまいちピンとこない。しかしたまたま読んだMolchat Domaのインタビューで「2014年にNew Russian Waveという音楽ムーブメントが起きた」という一文を見付け、これだと思った。

riffmagazine.com

感覚的に2014年のクリミア侵攻を境にロシア語になるバンドが多かったので、絶対これに違いないと。「New Russian Wave」というキーワードを得たので、これを手掛かりに検索しまくった結果見つけた記事がこれだ。これらの記事からは本当にたくさんのヒントをもらったので感謝したい。インディーシーンの驚くべき洗練とロシア語への転換は、やはり政治に関係があったのだ。逆説的な意味でプーチンには感謝しないといけないのかも知れない。

firebirdmagazine.com

karmapolitan.ru

また、この記事ではロシア内部から見た新しいシーンについて書いたが、海外からのロシアの新しい音楽への反応についてはこちらの記事で書いたのでどうぞ。

russianindieguide.hatenablog.com

ウクライナ侵攻が始まった時、「ロシアにはプーチン万歳の人間ばかりではなく、ちゃんと反対してる人もいるんだよ」と伝えたくて、「新しい波」のバンドばかり集めたプレイリストを作ってTwitterで公開した(当時は「新しい波」だとは知らなかったが)。ここにも貼っておくので、(日本人には)知られざる素晴らしい才能達を是非聴いてみてほしい。英米のインディーロックが好きなら、絶対にこのクオリティの高さに驚くはずだ。これは随時アップデートしていく予定。