Russian Indie Guide-ロシアのインディーロックガイド

ロシアのインディーロック、その知られざる素晴らしき世界

Shortparis

Shortparis

Shortparis Facebookより
バンド名(ラテン表記)  Shortparis
バンド名(ロシア語)  
出身地 サンクトペテルブルク
活動期間 2012-
ジャンル post-punk, electronic, experimental, darkwave, post-industrial, art punk
オフィシャルサイト

Shortparis

音源・動画サイト Apple Music spotify Amazon Music youtube  Discogs
SNS instagram facebook VK

 

バイオグラフィー

Shortparisは2012年にサンクトペテルブルクで結成された。厳密にはNikolai Komyagin(Vo)と Alexander Ionin(G,B,accordion)、Pavel Lesnikov(Ds,sampling)がシベリアの故郷ノヴォクズネツクで結成した後にサンクトペテルブルクに拠点を移し(2010年)、2012年にDanila Kholodkov(Ds,perccusion)、2014年にAlexander Galyanov(G,Key)が加入している。Danila Kholodkovは加入前からサンクトペテルブルクアンダーグラウンドシーンで名の知られた人物で、30近いバンドでの活動経験があった。
バンド名は2006年のジョン・キャメロン・ミッチェル脚本・監督のアメリカ映画「ショートバス(Shortbus)」に由来する。
2012年12月、バンドは最初のシングル「Amsterdam」をリリース。翌2013年4月にデビューアルバム「Дочери(Daughters)」を自主制作でリリース。Bandcamp(現在は音源なし)やSoundcloudで公開し、音源制作や流通はすべてDIYベースで行っていた。以後精力的にライブを行い、大きなフェスティバルへの出演も経験。実験的で熱いライブパフォーマンスで着実に知名度を上げていった。2016年にはGorlden Gargoyle Award(インディーシーンのバンドに授与される賞)のExperimental Projectで受賞した。
2017年3月には2枚目のアルバム「Пасха(Easter)」を自主制作でリリース。前作では英語とフランス語で歌っていたが、今作では全編ロシア語で歌っている。この辺からヨーロッパでのフェスティバル出演やツアーも増え、徐々に英語メディアの注目を集め始める。2018年4月には新しいタイプのバンドを紹介するモスクワのフェスティバルБоль(Bol, painの意味)がヨーロッパで行ったロシアのバンドのショーケースツアーに参加し、Glintshake(ГШ)、Spasibo(Спасибо)、Kazuskoma(Казускома)、Electroforez(Электрофорез)と共にミンスクワルシャワポズナン、ベルリン、カリーニングラードでライブを行った。また2019年には初のイギリスツアーを行った。
また2018年にはキリル・セレブレニコフ監督によるKino(Кино)の伝記映画「Leto」が公開され、彼らはライブシーンに出演してDavid Bowieの「All the Young Dudes」を演奏している。

Bol Festのヨーロッパツアーに参加したことはこちらの記事でも書いているのでどうぞ。

russianindieguide.hatenablog.com

彼らの名前が本格的にロシア全土に知られるようになったのは、「Страшно(Strashno, Scaryの意味)」のミュージックビデオを2018年に公開してからだ。

スキンヘッドの男達(Shortparis)が学校の体育館に入っていくと、多数の難民と思われる人々が不安気に彼らを見る。画面にはイスラム文字。緊張感が高まっていく中、スキンズは突然難民達とダンスを始める。そしてシーンが切り替わり、スキンズといろいろな民族が共に棺桶を運び、その上にはロシア国旗を掲げる少年が・・・
1990年代末から2000年代初頭はチェチェン独立派によるテロ事件が頻発し、実際に中学校に立てこもり386人が死亡するという痛ましい事件が起きた(ベスラン学校占拠事件)。またスキンズによる中央アジアなどからの移民へのヘイトクライムも多い。このビデオはそういったロシア人の心にトラウマ的に刻まれているイメージを使っている。共に「愛のダンス(アラビア文字で「愛」と書いてあるらしい)」をして一つになったスキンズと移民がロシア国旗の下で共に棺桶を運ぶ、というシーンは、「ロシア国民は民族関係なく一つになって外敵と戦い、その結果多くの犠牲を払う」という、まるで現在のウクライナ戦争を予見したようなものとなっている。この現代のロシア社会を見事に映像化したMVは現時点(2023年5月)で960万回という再生数となっている。

2019年10月には3枚目のアルバム「Tak zakalyalas' stal(Thus the Steel Was Tempered)」がリリースされる。今作からは自主制作ではなくUniversal Musicからのリリースとなる。2021年6月には4枚目のアルバム「Яблонный сад(Apple Orchard)」をリリース。2022年3月にはロシアのウクライナ侵攻に抗議する、退役軍人合唱団とのミュージックビデオ「Яблонный сад」を公開した。

2022年末のツアーポスターの写真にはAlexander Galyanovの姿がなく(上↑のビデオでも彼はいなかった)、Wikipedia等でも「元メンバー」の欄に書いてあるのでどうやら脱退したようだ。彼らはSNSでもいつも最低限の情報しか書かないので詳細は分からないが、彼は近年ソロ活動に力を入れていたようで、2023年にはソロの曲も精力的に出しているので自分自身の活動に専念したかったのだと推測する。現時点ではメンバーは4人のままである。

音楽性

Shortparisは自らの音楽ジャンルを「post-pop, avant-pop, pop-noir」とし、「モダンミュージックシーンに反対する者」と位置付けている。
実験性の高いポストパンクでエレクトロニクスも多用し、パーカッシブなリズムはEinstürzende Neubautenの香りもする。オペラティックで官能的なヴォーカル、不安を煽るような不協和音のギターは明らかにポップミュージックとは程遠いが、意外とダンサブルでこの辺が「ポップ」なのかも知れない。そのダンスビートもどこかの民族舞踊曲のような、不思議なビートだ。
私が初めて触れたロシアのバンドが何を隠そう彼らであり、この今までに聴いたことのないようなハイクオリティな音に仰天した。ロシアにこんなすごいバンドがいたのかと。彼らについての記事をTwitterに流してくれたイギリスのThe Quietusには本当に感謝だ(他に「Britpop」という言葉を作ったイギリスの音楽ジャーナリストJohn RobbのウェブメディアLouder Than WarもShortparis等のロシアのバンドの記事をよく書いている)。
Shortparisは「ロシアNo.1ライブバンド」とも呼ばれており、そのライブパフォーマンス抜きにしては語れない。演劇的な要素が強く、開催場所も食料品店だったり倉庫だったりと変な所でやるのでパフォーマンスアートの要素も強い。ライブ開始直後はそういった「実験性」がもったいぶってて気に入らない、などと思う人もいるかも知れないが、だんだんとライブが進んでいくと否応なく熱くなり引き込まれてしまうだろう。
Shortparisのフロントマンはヴォーカルのニコライと、パーカッションのダニラの二人というのが非常に強力だ。有無を言わせぬカリスマ性を持ったニコライが歌い、長い四肢を使ってダニラが踊るように叩く姿は目を釘付けにする。当然まだYouTubeでしか彼らのライブを見たことがないがそれでも十分すぎるくらい彼らのライブの魅力は伝わってくる。

彼らの歌詞はニコライが書いているが、ソ連時代の文学や詩などあまり日本では知られていないものからの引用が多く、なかなか難しい(こういうやり方は彼らが影響を受けたソ連・ロシアのパンクバンドGrazhdanskaya oboronaのイゴール・レトフの方法を踏襲しているのかも知れない)。ロシア人でもかなり教養のある人でないとすべて理解するのは難しそうだ。ちなみに彼はソ連時代の美術の専門家でもあり、数年前までサンクトペテルブルクの美術館で学芸員をしていた。
歌詞は抽象的にロシア社会や政権を批判したり不正を糾弾したりするものが多いようだが、決して直接的な表現はしない。実はこれがShortparisのしたたかかつ頼もしい戦略なのだ。

neweasterneurope.eu2010年代後半になると、次第にプーチン政権によるアーティストへの締め付けが厳しくなってきた。2018年にはShortparisも出演した映画「Leto」のキリル・セレブレニコフ監督が「資金の横領」疑惑で起訴され(その後自宅軟禁される)、IC3PEAKは国内での演奏を禁止された。IC3PEAKはその歌詞を読んでみるとかなりはっきりと政権批判をしており、このような方法では活動ができなくなる恐れが高まってきた。
Shortparisは歌詞では直接的な批判はしないが、上記で書いた「Страшно」などのビデオクリップで社会を象徴するイメージをつなぎ合わせ、見る者がその真意を(勝手に)受け取るという方法を取っている。一番強力なのは「Говорит Москва(Moscow Speaking)」のミュージックビデオである。

軍隊を思わせる男達、宗教的なイメージ、そして最後の銃殺シーンと、2021年5月に公開されたこのビデオはウクライナ侵攻のような軍事衝突が差し迫っている事を必死に訴えていたようにも思える。はっきりと政府を批判するようなことを口にすれば活動を制限されてしまうが、イメージをつなぎ合わせているだけだから政府も手を出すことはできない。なかなか賢い方法だ。
彼らはどう考えても反体制派だが、政治的な主張をストレートにぶつけて社会を変えようとするのではなく、「芸術家として何ができるか」という事を第一に考えているようだ。ここがパンクバンドではあるけれども実態はアクティビストであるPussy Riotとは違うところである。ミュージシャンである以上、質の高い音楽を作り、それによって人々の心に何かを届けようとしている姿勢には好感が持てるし、私が彼らを好きな理由でもある。

それでも、ウクライナ侵攻が始まった時には彼らは相当悩み苦しんだようだ。バンドのオフィシャルSNSはしばらく沈黙していて、「なんだよ、あんなに反体制派みたいなことやってたのに怖くなったのかよ」といった心無いコメントが散見された。
しかし、侵攻開始後のサンクトペテルブルクでの反戦デモにニコライが参加していて逮捕されたらしい、という情報をFacebookで見付け、その時のものらしい写真も拡散されていた。これは即保存したものであるが、本当にニコライなのかどうかは不明。

Shortparis

各メンバー個人のSNSでも一番アクティブなのがダニラのInstagramで、ストーリーズに揺れる気持ちを頻繁に投稿していたので私も必死に追いかけていた。メンバー達の家族には侵攻を支持する人もいたりで辛かったようだし、何よりもロシアを出て自由に発言するか、このまま残って国内でなんとか頑張るかという選択で非常に悩んでいたようだった。結局ロシアに残るという選択をし、ほんの数週間で「Яблонный сад」のビデオを作って公開した。

ウクライナ侵攻は未だに終結の気配は見えないが、Shortparisは精力的にEPやシングルを出し、ロシア国内やヨーロッパツアーも行っている。私も彼らを好きになったばかりの頃は「コロナが終わって、彼らがウラジオストックに来たら見に行っちゃおうかな?!」などと思っていたが、果たしてそんな日は来るのだろうか。彼らがワールドツアーをしたら絶対にすごいことになると思っているのだが。