Russian Indie Guide-ロシアのインディーロックガイド

ロシアのインディーロック、その知られざる素晴らしき世界

ウクライナ侵攻に対するロシアのミュージシャンの姿勢それぞれ(3)現在の状況

ウクライナ侵攻に対するロシアのミュージシャンの姿勢それぞれ(1)賛成派
ウクライナ侵攻に対するロシアのミュージシャンの姿勢それぞれ(2)反対派
から続く

(1)ではウクライナ侵攻に対する賛成派とグレーゾーンのロシアの有名ミュージシャンについて、(2)では反対派のミュージシャンを紹介した。ここでは2023年9月現在の状況と、まとめ・考察を書いてみたい。

 

そして今起きている事-ラッパー狩りの異端審問官・エカテリーナ・ミズリナ

 

↑エカテリーナ・ミズリナはよくSNSで自撮り動画を配信するようだが、全く感情の読めないその表情が「不気味の谷(人間を模したロボットに感じる違和感の事)」を感じさせて怖いとネットでバズったらしい。

セーフ・インターネット・リーグ

OxxxymironもNoize MCもFaceもKastaもKrovostokもMorgenshternも、骨のある反戦ラッパーはみんな国外に出てしまった。ではロシア国内は今どうなっているのだろうか?
2023年の春頃から、エカテリーナ・ミズリナ(Екатерина Мизулина、1984年生まれ、現在39歳 Wikipedia)という国のインターネット検閲機関(Лига безопасного интернета / Safe Internet League)を率いている女性が、「ラッパー狩り」で注目を集めている(ブロガーも標的)。セーフ・インターネット・リーグはインターネット上の「危険コンテンツ」を特定し政府に報告するための機関で、ロシア正教系の聖ワシリイ大帝財団によって2007年に設立された。「家族・母性・子供の保護」の名目で児童ポルノファシズム、麻薬プロパガンダ、インターネット上の暴力、過激主義とみなされるコンテンツを摘発している。リーグにはロシアのIT系大企業が多数参加しており、プロバイダーのロステレコム、ウイルス対策ソフトで国際的に知られるカスペルスキーラボも参加している。ミズリナは2017年からこの機関のトップである。なお彼女の母親は有名な右派上院議員エレナ・ミズリナで、悪名高いいわゆる「インターネット検閲法」と「同性愛宣伝禁止法」の立法に尽力した。

エカテリーナ・ミズリナは2021年からラッパーのエルジェイやモルゲンシュテルンなどを「麻薬プロパガンダ」で告発し始め、彼らは罰金刑になっていた。ウクライナ侵攻が開始されると、彼女は検事総長とロスコムナゾール(国の通信情報やメディアの監視機関)にブチャの虐殺やキエフの戦いなどの記事をWikipediaから削除するように要請した。2022年5月の演説で、彼女はロシアのウクライナ侵攻に同意しないロシア出国国民を「鶏が鳴いている」と呼び、彼らの出国は望まれない国民の浄化であると述べた。次いでGoogleWikipediaに対しても脅迫した。

スカリー・ミラノ事件

こうしてプーチンの忠実な検閲マシーンとしてロシア全土を震え上がらせていたミズリナだが、Scally Milano(本名ダニイル・ウラジスラヴォヴィチ・ドミトリエフ、2002年生まれ、現在21歳)という人気急上昇中の若手ラッパーが2023年4月のコンサートで「戦争は地獄だ!」と叫び、観客もそれに同調している音声がネットで拡散され、ミズリナの知る所となった。
スカリー・ミラノは「インターネット詐欺で手に入れた音源を使って楽に稼いだ」という「ネット詐欺師キャラ」みたいな所からスタートしたラッパーで(ヒップホップ界ではこういう事が武勇伝になる)、普段はカネカネ言ってるような曲ばかりで特に反戦姿勢を打ち出しているようなタイプではない。そんなラッパーがステージで反戦を叫んだ事をミズリナは危険視したのだろう。
その数日後の4月22日の彼のサンクトペテルブルクでのコンサートは警察によって妨害され、1曲演奏したのみで中止された。麻薬取締局による要請で、ミラノは警察に拘束された(逮捕は免れた)。また6人の飲酒した未成年も拘束された。

この事件についてミズリナは自身のTelegramチャンネルで、既に「アーティストの曲での禁止物質の使用促進に関して」法執行機関に連絡したと書き、ミラノを「未成年者に薬物使用を誘導した罪で」裁判にかけると宣言。
これに慌てたミラノはミズリナへの長い公開書簡を投稿(その内容)。彼は自分は薬物使用や飲酒はしない、なぜなら自分の母親が依存症でリハビリ施設に、父親は拘置所にいて、そのようなライフスタイルがもたらす結果を目の当たりにしているからだと書く。自分は敵ではないと切々と訴えた。
しかしその翌日サンクトペテルブルクの警察がミラノを「未成年者の反社会的行為への関与に関する条項」に基づいてミラノを起訴。また彼の楽曲も調査が開始された。4月25日、彼はドバイに逃亡した。

ミラノは再びミズリナとセーフ・インターネット・リーグに向けてTelegramに長い投稿をした(その内容)。彼は自分の曲には法律違反を推奨また美化するような目的はなく、彼自身も法を犯したことはない、自分の間違いに気付き、そのような概念にあてはまる単語を使った曲を削除し始めた、と述べた。創造のベクトルを変え、善良で正しい行動を促すポジティブな方法を目指し、周りの同僚にもこれを強く勧めると宣言。
ミズリナは「自分の間違いに気づき、再考する事は(偉大な)行動です。誰もがこれを実行できる訳ではありません。例えそれがどのように見えようとも、自分が間違っていたと公に言うのは簡単ではありません。これは強い人ならではであり、尊敬に値します」と述べた。彼女は法執行機関に対し、ラッパーに対して「もっと寛大になる」よう求めた。同時にミラノに軍の信用を傷つけた事をロシアの愛国者全員に謝罪するよう勧めた。

5月18日にはミズリナは公開書簡で、調査委員会に対しミラノの楽曲の調査を中止するよう要請した。「若い聴衆の脆弱な心に対する責任を認識したミュージシャンが、自分の作品から危険な情報を故意に排除したというような行為は、ロシア現代史において前例のないものだ」と述べ、Pinq、Lovv66、Mayot、Soda Luv、Mukka、Heronwater、Uglystephan などの他のラッパーたちも彼に倣っていると書いている。
5月24日、ミラノがモスクワに戻る。翌日彼はミズリナと面会。「ポジティブな方向性に変えて善良で正しい行動を促します」と語った。

The Flow「スカリー・ミラノがミズリナの元にやってきた」より

6月14日、サンクトペテルブルクの裁判所はミラノに4万ルーブル(約6万円)の罰金を課した。また彼の曲3曲が禁止になった。これで済んだ。
7月3日、ミズリナのTelegramにスカリー・ミラノとアグリーステファンのコンサートレポが載った。ショートビデオ、写真からなり、「長い休暇を経て、スカリー・ミラノとアグリーステファンの最初のコンサート。ホールにはロシアの国旗が掲げられ、ステージからは麻薬の言葉は一切なかった。」と彼女は書いた。

このスカリー・ミラノの一連の出来事に関して、8月11日にOxxxymironが「Лига Опасного Интернета(Dangerous Internet League)」という曲を発表。この曲の解説はこちら

スカリー・ミラノとセーフ・インターネット・リーグについての歌詞は非常に話題になった。

「彼らは彼をどのようにめちゃくちゃにしたのか  - 彼はクソだった
 彼は傲慢な男だった、彼は卑劣になった
 ペントハウス - スカイライン・ミラノ
 彼女が曲げる - スカリー・ミラノ」

「ラッパー達はママの近くに群がっている
 彼らはイスラム教徒でもないのに
 カーペットの上でお辞儀をするよう呼び出される」

「あなたは問題を抱えています、それについて話しましょう
 危険なインターネットリーグがあなたを迎えます
 何か問題がありますか?私たちが狂ったように解決します
 危険なインターネットリーグに連絡しましょう」

「リーグ : コンサートを許可してあげるので、パフォーマンスを続けましょう
 リーグ : トラックの検閲を解除してあげるので、暴言を吐くのをやめましょう
 リーグ : 悪徳、汚れ、淫行 - それがすべて リーグ
 リーグ : 私たちはちゃんと知ってるんですよ」

エカテリーナ・ミズリナはスカリー・ミラノの他にも人気女性ラッパーのインスタサムカやホフマニタも攻撃し、彼女達も「謝罪」し「悔い改」め、ミズリナに面会に行っている(この記事)。ミズリナが投稿したように、ミラノの仲間のラッパー達も同様だった。これがOxxxymironの「ラッパー達はママの近くに群がっている 」という歌詞が指すものである。皆二十歳そこそこの、まだ子供のような顔をしたラッパー達だ。いきがったラップをやっていたとしても所詮まだ子供、そこにプラスチックのような顔をした怖いおばさんから刑務所に入れるぞと脅される。まだぽっと出の彼らにはOxxxymironのように海外で暮らしていけるほどのお金だってない。ロシアに残るしかないのだ。だから「屈服」した。

2023年9月8日、スカリー・ミラノは「Я НЕ ХОЧУ ЖИТЬ В ДУБАЕ(ドバイには住みたくない)」という曲を公開した。

現在は音声のみだがビデオクリップは既に製作済みらしい。赤の広場にいる彼の写真が、屈服した彼の姿を象徴するようで涙を禁じ得ない。
この曲はOxxxymironへのディスのようで、「オクシミロンはクソだ」とコーラスで韻を踏んでいるらしい(曲の解説はこの記事)。歌詞を読むと、ちょっと心が痛む。

「俺はモスクワにいる、ハハ、モスクワにいる
 あんたはクソ負け犬だ、ここにいる訳にはいかない
 ヨーロッパはどうだ、ドバイはどうだ?
 楽しんでるかい?」

「最もスキャンダラスなラッパー、モルゲン(モルゲンシュテルン)も畏怖の念を抱く
 答えないぞ、ドバイには住みたくない
 あんたの好きなKizaruよりもひどいものを見てきた
 父は刑務所に収監され、母はリハビリ施設に入っている」
(*Kizaruはドラッグトラブルで有名なラッパー)

「ミロン、あんたは小児性愛者だが、俺のファンに何を望んでるんだ?
 あんたのことなど気にしない、モスクワの満員御礼など気にしない
 彼らは俺のことを話すが、何も知りやしない
 友達も俺をサポートしてくれなかった
 そしてあんたの邪悪な仲間は俺に言う:「くたばれ、ダン」
 これらのラッパーはコピーだ、敬意を表します」
(*Oxxxymironは未成年と交際していたことがあるので「小児性愛者」と言っている。ミラノのファンは未成年ばかりだから。またミラノの仲間のラッパーもOxxxymironのトラックに「いいね!」を押していたので「サポートしてくれなかった」と言っている)

彼も人気急上昇中だったとはいえまだキャリアも浅い。ウラル山脈の近くのベレズニキという鉱山と化学工場しかない田舎町の出身で、育った環境はひどかったようだ。両親はリハビリ施設と拘置所にいて、治療費や弁護費用もかかるだろう。
対してOxxxymironはサンクトペテルブルク出身で父親は物理学者、子供時代はドイツで育った。高校時代にイギリスに移住し、オックスフォード大学を卒業した。ミラノとは社会階級が明らかに違う。加えてOxxxyは(2)の反戦派の記事で書いた「After Russia」の「既に名声のあった亡命ロシア人作家」のように、ウクライナ侵攻前に巨額の富を得ていた。これは大きな違いだ(というか「After Russia」に参加しているのは皆既に売れていた人達で、「気付かれない世代」になぞらえるのはちょっと違う気もする)。

スカリー・ミラノだって反戦を叫んだ。本来だったら反戦派でいたいはずだ。でも海外でラッパーとして一からやっていくには、ロシア語は不利だ。学歴もないようだから英語でのラップもしんどいだろう。やはりロシアに残るしかないのだ。屈服すれば、成功は目の前だ。苦い、苦い結末だ。
スカリー・ミラノは9月末から大規模な全ロシアツアーを行う事を発表した(この記事)。

↓この記事はそんなラップ界の二重構造と敗北をまとめた記事。翻訳ソフトで是非読んでみてほしい。なお「バーガー」とはFaceの初期の曲名の事だと思われる。

『バーガー・フォー・ミズリナ:自由なロシアン・ラップの幻想はいかにして終わったか』

*この記事を書き上げたと思ったら、今度はLoqiemeanという反戦宣言したラッパーが拘留され「自分は間違っていた」と謝罪したという記事を見付けた。限りなくこのような例があるのだろう。

最後に

ものすごい長尺記事になってしまったが、戦争を扱っているので十分に説明しなくてはならなかった。本当に大変だった(笑)。
ウクライナ侵攻やロシアに関する事を普通に知ろうとしても、政治家の動きを書いたものばかりで一般人にはあまりピンとこない。でも一人一人のミュージシャンの動きを調べれば、リアリティが湧いてくると思い丁寧に書いてみた。これでもまだまだほんの一部だが。最後にまとめと考察をしてみたい。

アーティストが国家宣伝に協力する理由

少ない音源販売収入

ミュージシャンがなぜ国家の宣伝に協力するのか、という問題だが、これはロシアの音楽界の構造に理由がある。
ロシアはソ連時代からの海外音楽の海賊盤や違法コピーの伝統があるので、ソ連崩壊後もなかなかちゃんとお金を払って音源を買う、という事が一般的に浸透しなかった。またソ連時代は国営のメロディヤからレコードを出してもアーティストには著作権がなく、何百万枚も売っても印税は支払われなかった。だから社会全体で著作権への意識が低かった。90年代は違法コピーされたCDが出回り、インターネットの時代になると違法MP3ダウンロードサイトファイル交換ソフト(あの時代を知ってる人ならNapsterみたいなやつと言えば分かるだろう)がロシアのネット上に溢れた。こういうのは未だにしっかりとあって最新作もすぐに掲載される。2010年代になってApple Music等の有料音楽配信(サブスク)が浸透し始め、その利便性でやっとちゃんとみんながお金を払うようになってきたくらいだ。(Spotifyは2020年にロシア上陸、一年半後に経済制裁でサービス停止。でもインドやトルコのアカウントを買って聴き続ける人が多いようだ。国産のYandex MusicやVK Musicもある)
そういう背景があるので、ロシアのアーティストの収入のうち音源販売が占める割合はあまり高くない。では何でお金を稼ぐのかというと、企業イベントに出演する事である。要するに日本の芸人がよく言う「営業」だ。

オリガルヒ

ソ連崩壊後のロシアでは、国営企業だった資源関連企業が民営化してオリガルヒ(新興財閥)が生まれた。代表的なのはガスプロムやルクオイルである。ロステックなどの軍産複合体もこの類型である。また資本主義に移行中に優遇措置を受けた銀行を中心とする金融産業グループのオリガルヒもあり、この代表格はアルファグループである。経済混乱に乗じて国営企業の株式を安く買い集めて会社を手に入れたオリガルヒもいる(国営企業を民営化するため、国民全員に自由に売買できるバウチャー方式の株式が与えられたが、これを買い取る業者が現れた。日々の食料にも困っていた国民ははした金でバウチャーを売り渡してしまった)。

オリガルヒはロシアの経済を広く支配している(これはウクライナも同様)。オリガルヒは政治家や官僚との癒着で存在を拡大し、その過程で彼らに影響力を行使するためにテレビや新聞を中心としたメディア支配に走った。
エリツィン政権での経済の混乱で、貧困にあえぐ民衆の支持を受けて共産主義を掲げたロシア連邦共産党が台頭し始めた(活動禁止されたソ連共産党とは別物)。共産党の政権奪取を恐れたオリガルヒと、再選を目論むエリツィンとの利害が一致し、オリガルヒは1996年の大統領選挙においてエリツィンを支持し再選に大きな貢献をした。オリガルヒは支配下のメディアを使ってエリツィン支持の世論形成に大きな影響力を持った。情報操作の有効性が確認された事により、プーチン政権では政治権力によるメディア統制はより一層顕著になった。

プーチン政権になると彼はオリガルヒの政治介入を許さず、マスメディアによる政治的影響力を持ち政府と対立するオリガルヒは脱税や詐欺容疑をかけて排除していった(反対派の記事のアンドレイ・マカレヴィチの項で書いたミハイル・ホドルコフスキー事件を参照)。プーチンを始めとした政権内のシロヴィキ(治安・国防・情報機関の出身者。代表的なのがプーチンも属す元KGBで、プーチンはシロヴィキを重用)は政権の脅威になるオリガルヒは容赦なく抑圧したが、忠誠を誓った者には様々な優遇措置を与えた。より多くの恩恵を受けようと、こうしたオリガルヒはプーチンの政策に沿った経営をしていった。当然賄賂も横行する。プーチン政権とオリガルヒはズブズブの関係になっていった。

企業イベントと国家イベントで稼ぐアーティスト

そういう訳でロシア経済を支配するオリガルヒはプーチン政権に従順だった。音源販売収入があまり期待できないロシアのアーティストは、こういったオリガルヒがバックにいる企業イベントで稼いだギャラに頼っていた。普通にコンサートをやるよりも、企業イベントで演奏した方が遥かに楽に稼げた。だんだん国内の雰囲気が不穏になっていくと、企業イベントも愛国的なものが増えていく。よほどしっかりとした意見を持ったアーティストでなければ、お金のためにホイホイと出演してしまうだろう。

また、政府はアーティストを宣伝のために使うようになっていった。その最初の例は1996年の大統領選挙で、当時支持率2~3%(?!)だったが再選を目指すエリツィン応援キャンペーン「投票するか負けるか」だった。これは「眠っている」若者の票を集めるためのキャンペーンで、多くの人気アーティストが参加し多額のギャラを受け取った。

↑「投票するか負けるか」マルシシュニク&DJ Groove
マルシシュニク(Мальчишник バチェラー・パーティーの意味)はソ連末期の1991年に結成されたロシア最初のラップグループの一つ。ポルノ雑誌「マルシシュニク」を発行した実業家アレクセイ・アダモフによってこの雑誌の宣伝のために結成されたグループなので、半ばアイドルグループのような面もあったが、セックスについての赤裸々な曲はソ連時代の上品な表現に飽き飽きしたロシア人に衝撃を与えた。中心メンバーのDolphinは現在はソロの人気アーティストである。解散と再結成を繰り返し現在も活動中。こんなグループにキャンペーンソングを歌わせるんだからエリツィンも必死である。

このキャンペーンには他にアーラ・プガチョワ、Alisa、Agata Kristi、Nautilus Pompilius、アンドレイ・マカレヴィチ、ボリス・グレベンシコフ、フィリップ・キルコロフなど現在の立場で見れば右派も左派もごちゃまぜであるのが興味深い。当時のスターを総動員した感じだ。ただ、アレクセイ・アダモフによると依頼を断るのは不可能で、ギャラは素晴らしかったが参加者は常に監視されていた、との事らしい。キャンペーンの巡回コンサートが各地で開催され、エリツィンも参加したらしい。ロストフ・ナ・ドヌーではステージに上がって踊った。

こういった大統領選のキャンペーンにミュージシャンが起用されるのはその後も恒例になった。2008年のメドベージェフの大統領選キャンペーンでは「進めロシア!」(Россия, вперёд!)というコンサートが開かれ、アンドレイ・マカレヴィチやBi-2などが出演した。ステージにはプーチン、メドベージェフ、プーチンお抱えのリューベが登場し、以降プーチンが参加した大規模集会はすべて親政府派ミュージシャンのコンサートの場になった。
プーチンの2012年の大統領選でキャンペーンビデオに出たのは、(1)の記事の「賛成派」で書いたティマティである。彼は積極的にプーチン政権を讃えるプロパガンダソングを作っており、彼の記事で貼った「モスクワ」はその最も悪名高いものだろう。

ティマティはプーチン支持を公言しているし好きでやってるんだろうが、ミュージシャンがプロパガンダに協力するのは、そのギャラが非常にいいからである。与党統一ロシアを支持する動画を投稿すれば300万ルーブル(約450万円)、憲法改正を支持する投稿をすれば1000万ルーブル(約1500万円)もくれるらしい。2010年代後半にラップが若者の本格的な支持を集めるようになると、政権はラッパーにプロパガンダビデオを作るようにせっせと依頼した。Faceは断ったのでコンサートがキャンセルされるようになった。あの札束が出てくるビデオばっかり作ってるモルゲンシュテルンも断った。彼もその後政権に目を付けられるようになった。

ウクライナ侵攻が始まると、ミュージシャンを起用した愛国イベントは爆発的に増えた。歌手オレグ・ガズマノフが芸術監督を務める愛国歌データベースプロジェクトは1700万ルーブル(約2550万円)の大統領助成金を獲得した(この記事)。プーチンと国家イベントにいつも一緒に出ているリューベは戦争が始まってから5700万ルーブル(約8550万円)稼いだ。熱心な応援の見返りにティマティやフィリップ・キルコロフは当局から土地を譲り受けた(この記事)。大統領に「NO」と言うととてつもなく苦しい目に遭うが、ニコニコと「YES」と言えば大統領はとても気前がいいのだ。
お金だけではなく、こうした愛国イベントはアーティストにとって名前を売るチャンスでもある。(1)の記事の「賛成派」の「その他」の所で書いたシャーマンは、侵攻前は超有名という訳でもなかったのに、侵攻後の愛国心高揚ムードをチャンスと見て「私はロシア人」といった露骨な愛国ソングを出し、愛国イベントに引っ張りだこになった。彼は大統領文化イニシアチブ基金から2780万ルーブル(約4200万円)の助成金を獲得した民族オペラ「ウラジミール王子」の主役に抜擢された。

それでもポピュラーミュージックはまだましな方である。インディーという方法もあるし、実際超人気ラッパーも基本的にはDIYでお金のかかったビデオをリリースしている。
これがクラシック音楽や映画、演劇、美術館といったものだとほぼ100%金銭的に国家に依存している。オリンピックに出るようなスポーツ選手もそうだろう。彼らは最初から「YES」と言わねばならない立場なのだ。

大部分は沈黙

ロシアのミュージシャンはきっちりと侵攻賛成派と反対派に分かれているわけではない。はっきりと立場を表明しているのは全体の25%くらいで、残り75%は沈黙している。(1)の記事で書いた「グレーゾーン」のセルゲイ・シュヌロフやニーナ・クラヴィッツは超有名人だから立場を問われたのであって、大部分のアーティストは賛成も反対も表明せず、政治とは関係ない「個人的な」歌詞を歌っているグレーゾーンだ。
上で書いたスカリー・ミラノもそうだった。クソみたいな環境で育った彼は、ラップと出会った事で人生が好転し、楽しくトラッシュラップを仲間達とやっていただけだった。しかしただ一度のコンサートでの反戦コールによりこんな目に遭った(エカテリーナ・ミズリナは麻薬にとりわけ敏感なようで、そういうものに言及しただけの歌詞の存在も許せないようだが)。
だから沈黙するのも責められないだろう。一般国民もそうだ。ちょっとでも反戦的な言動が見つかったら刑務所行きか国を出なければならないのだ。

そもそもロシアの若者は政治に無関心な人が非常に多い。生まれた時からプーチンに支配されていて選挙に行っても何も変わらない。熱心にネットで独立系メディアや海外のニュースを追ってウクライナへの罪悪感に苛まれるのも精神が持たない。だからニュースは見ないようにしている人も多いようだ。とりあえず今は(国境近辺は除いて)攻撃もされていないし、命の危険もない。自分の生活が回っていればそれでいい。YouTubeのロシアのストリートインタビューを見ているとそんな人がとても多い。諦め切っているのだ。
でも政治への無関心は権威主義国家の最大の支援要素だ。このままでいいのか。ロシアの若者を見ているといらだちが募る。

この記事を書くにあたってティマティの事をよく調べていると、彼のやり方はX JAPANYOSHIKIのやり方を思い出させた。マリリン・マンソンと友達だとか吹聴したり海外の有名人の誰それとコラボしたとかは、ティマティがスヌープ・ドッグやパフ・ダディー、フローライダーといった海外ビッグネームと「コラボ」してネームバリューを上げたのとよく似ている。ゴールデングローブ賞で演奏したとかハリウッドのウォーク・オブ・フェイムのプレートに名前が刻まれたとか、海外の権威に頼って自分を大きく見せるのもティマティとそっくりだ。またビジネスに血道を上げているのも同じだ。天皇の前で演奏したりとか万博のテーマソングを作ったりとか隙あらばすぐに国家イベントに食いつくのは、プーチン賛歌連発のティマティと被りまくる。

今の日本は一応まだちゃんとした民主主義国家だからいい。しかしこれがどんどん右傾化したら、国家の宣伝担当者に真っ先に駆り出されるのはYOSHIKIだろう。名誉欲が強い人間を国家権力は目ざとく利用するのだ。
いやしくも「ロックミュージシャン」という自覚があるのなら、国家権力とは距離を置くべきだ。これは「政治的な事をするな」という意味ではない。日本のミュージシャンはもっと政治的であるべきだとすら思っている。ただ、政権とは一定の距離を保つべきだと思っている。

また日本の有名俳優やタレントもCMのギャラが収入の柱になっているが、これも今の日本が一応平和だからなんとかなっている。これがもしロシアのような状況になったら、CMを降ろされるのが怖くて反戦表明出来ず、沈黙か政府翼賛になるのは火を見るより明らかだ。収入を企業宣伝に頼るのは危険性をはらむ。

ロシアの事をよく調べていると、同じく非英語圏の「ロック後進国」である日本と音楽的な発展の歴史が時系列的にもとてもよく似ているのに気付いた(例えば80年代のソ連ロック革命の頃、日本は「バンドブーム」だった)。ロシアは日本の鏡でもあるのだ。日本人はロシアの事を上から目線で語りがちだけど。



*以下はこの記事を書くのにとても参考になった記事なので、是非翻訳ソフトで読んでみてほしい。*

↓これはロシアの非常に有名な伝説的音楽ジャーナリスト、アルテミー・トロイツキーによる記事。ソ連時代からロック評論で知られ、ロンドンやフィンランドで教鞭も取っている。2014年からエストニア在住。ロシア政府から「外国工作員」に指定されている。

『音楽のないロシア。アルテミー・トロイツキーが語る、戦争が音楽界を二分した経緯』2022年4月8日公開

 

↓これはロシアのアーティストの政権協力の歴史を解説。同時に政権反対派・沈黙派についても説明しているので大きな流れが分かって参考になった。新しい記事なのでスカリー・ミラノ事件についても触れている。

『ショービジネスのトップの日和見主義者: 文化人はどのように売買されるのか
アーティストの自由の境界と、その境界を越えた場合に何が起こるかについて』2023年7月26日公開