Russian Indie Guide-ロシアのインディーロックガイド

ロシアのインディーロック、その知られざる素晴らしき世界

はじめに

Shortparis

Shortparis Facebookより

なぜ今ロシアのインディーロックシーンについてのブログを書くことになったか、そのきっかけやウクライナ侵攻との関わりなどについてまず記しておきたい。

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Shortparisとの出会い

「ロシアの音楽」というと、何を思い浮かべるだろうか?やはりチャイコフスキー等のクラシック作曲家が頭に浮かぶ人が多いだろう。じゃあポピュラー音楽は?年配の方なら加藤登紀子の「百万本のバラ」が元々は「ロシアの美空ひばり」ことアーラ・プガチョワの持ち歌であることをご存じかもしれない(本来はラトビアの曲)。もう少し時代が下がると、「ミュージック・ステーションドタキャン事件」で有名なt.A.T.u.は知っている方も多いだろう。じゃあロックは?ってかロシアにロックなんてあるの?海外ロック情報をチェックしている人なら、反プーチン政権活動で有名なPussy Riotの名前は聞いたことがあるかもしれない。じゃあ他は?知らないなぁ。

私もそう思っていた。元々ロシアアヴァンギャルドロシア革命前後の前衛的総合芸術運動)が好きだったので、ロシアに対してはぼんやりとした憧れは持っていた。またいわゆる「共産趣味」があったので、共産主義っぽいデザインも好きだった。他にシュテファン・ツヴァイクエカテリーナ二世の伝記も読んでいたので(池田理代子のマンガも)、なんとな~くロシアに興味は持っていた。でも当然ロシア語も読めないし、ロシアに行った事もない。

それが、2019年11月に、TwitterでフォローしているThe Quietusというイギリスの音楽メディアのツイートで、この記事のトップ↑の写真が目に入った。Shortparis?ロシアのバンド?!なにこの赤軍みたいな衣装は?!俄然興味がわいたので記事を読んでみた。

thequietus.com

インタビューを読んでみて、明らかにメインストリームのバンドではなさそうだし、言ってる事にも興味を持ったので、出たばかりの3rdアルバム「Так Закалялась Сталь (Thus the Steel Was Tempered)」をApple Musicで聴いてみた。なにこれめっちゃかっこいいじゃん!しかも他のどのバンドにも似ていない、初めて聴くような音!という訳でこの日以来Shortparisを聴きまくる。それまで全く知らなかったロシアのロックとの運命的な出会いであった。

数日間Shortparisばかり聴いていたが、あまりに彼らの音楽が良すぎるので、ロシアでも例外的なバンドなのかと思っていた。このレベルのバンドがたくさんいるのならもっと海外でも知られているはずだから。

しばらくすると、Shortparisを聴いていたからだろうがApple Musicのおすすめがロシアのバンドばかりになった。画面がキリル文字だらけ。それでちょっと手を出してみたのだが、Spasibo(Спасибо)というバンドを聴いてみて仰天!これも素晴らしくレベルの高いバンドであった。これは一体ロシアのシーンはどんな事になってるんだ!と俄然ロシアの他のバンドにも興味を持ち、猛然と掘り始めたのであった。そしたらもう出てくるわ出てくるわ、いいバンドばっかり!こんなにレベルの高い事になってるのに、なんで音楽メディアではほとんど採り上げないの?!

英米以外の「ユーロロック」(ロシアがヨーロッパに入るのかどうかは置いといて)というと、何となく歌謡曲っぽいような垢抜けない印象を持っていたのだが、それを完全に払拭する、極めて洗練された音を出すバンドばかりで本当に驚いた。ロシアの今の音楽シーンをゴリゴリ検索するが、日本語の記事はほぼないに等しいような状態だし、英語の記事も限られていた。ロシア語は読めないが、今の我々には翻訳ツールという偉大な道具がある!iPhoneとPCにロシア語キーボードを入れ、検索に勤しむ毎日が始まった。パンデミック直前の事であった。

なんせ基準になるガイド的な情報が全然ないので、地図を持たずに未開のジャングルを進むような、そんな手探り状態だった。

ソ連時代のロック

コロナのパンデミックが始まり、自粛期間中もロシアの現代のバンドを掘りまくる日々であったが、そこそこ今のバンドの事が分かってくると、当然「じゃあ昔はどうだったのか」という疑問が浮かぶ。今度はロシアのロックの歴史をさかのぼってみよう、といろいろ調べていくと、80年代のソ連にはロックバンドがたくさんいたのを初めて知った。「ソ連のロック」なんて全く知らなかったので目から鱗であった。冷戦期のソ連では西側のロックは禁止されており、若者たちは闇ルートで海賊盤を手に入れていたらしいとか、ゴルバチョフの時代のペレストロイカで地下で活動していたロックバンド達が公然と表舞台に出られるようになってロシアンロックの黄金時代を迎えたとか、本当に知らない事ばかりであった。

「ロックが禁止されている世界」なんて、なんかジュブナイル小説みたいな、そんな時代が本当にあったというのも驚きだし、そういった時代の事も知りたくてたまらなくなり、ロシア社会の事もアンテナを張って調べ始めた。改めてこう調べていくと、日本人はロシア社会の事を全く知らない、というのに今更ながら気付く。社会主義時代のソ連のイメージはハリウッド映画の無表情で冷酷なスパイや「ロッキー」の殺人マシーン「ドラゴ」くらいだ。現代のロシアのイメージといえば、プーチンとスケート選手くらい。本当にお粗末だ。隣国なのに遠い国。

そのうち日本在住のロシア人YouTuberがたくさん存在することを知り、こういったチャンネルで普通のロシア人の生活やものの考え方などに触れる事ができたのも今の時代ならではだ。在日ロシア人YouTuberは日本のアニメが大好きで来日してしまった人が多いというのも初めて知った。

ウクライナ侵攻

ロシアのロックを掘り始めて2年程経った頃、突然ロシアがウクライナを侵攻した。2年も掘ってたのでかなりロシアのシーンの事も結構分かって来たし、ロシアに親しみも感じていた。Twitterでもせっせとロシアのバンドを紹介してきたので、この時の気持ちはどう表現すればいいのか。とにかくショックだったのと、言いようのない罪悪感のようなものに苛まれた。

Instagramでロシアの若いバンドをたくさんフォローしていたが、彼らも同様にショックを受け、茫然としているようだった。ロシアのバンドにはウクライナのファンもたくさんいるし、ロシアでも人気のウクライナのバンドもたくさんいる。バンドとファンは音楽を通じて何の問題もなく仲良くしているのに、国家のせいで突然敵同士にされる。この理不尽さ。

侵攻開始から1、2日すると、バンド達はみな「Нет войны(No War)」という言葉と鳩の画像を投稿し始めた。公然とプーチンへの罵倒を投稿するバンドもいた。私がフォローしているのはインディーロックバンドばかりなのでリベラル層がほとんどだからだとは思うが、少なくとも侵攻を支持するような投稿をするバンドは一つもなかった。

他の人よりも多少なりともロシアの音楽の事を知っている自分に何ができるのか?と考えた時、こういったバンド達の考えを知らせる事で「ロシアにはプーチン支持者ばかりじゃなくて、戦争に反対している人もたくさんいるのをどうか分かってほしい」、と彼らの投稿のスクショをTwitterで投稿し続けた。

また沈黙を守っていたShortparis(反政府的なアイコンのような存在)のニコライがサンクトペテルブルク反戦デモで逮捕された、という情報をキャッチしたのでその事をツイートしたら、ロシア人のShortparis狂の人と相互フォローする事になって国家を超えたファン同士の繋がりを感じたりとか、本当の戦争をリアルタイムで目の当たりにするという初めての経験に時代の変化をまざまざと感じた。

実は、ロシアのバンドを掘り始めて1年くらい経った頃に既にこのブログのアカウントは取っていた。せっかく得た知識をこのまま自分だけで持っているのももったいないし、とにかく現代のロシアのバンドのクオリティの高さを知ってほしいと強く思っていたからだ。あまりにも海外で知られてなさ過ぎる。英米のインディーロックを聴いている人ならば、絶対にこのレベルの高さに驚くはずだ。
しかし、ロシアのバンドの事を書くには、政治的・歴史的な事を説明しなければならないし、まだまだロシアについての知識が少ない私には荷が重過ぎた。

そんなこんなでしばらく放置していたら、ウクライナ侵攻が起きた。皮肉にもあらゆるメディアがロシアという国についての解説をし始めたので、侵攻前よりは一般的にもロシアについての知識が広まってくれた。これでいくらかブログを始めるにもハードルが下がったので、いよいよ書き始める事にした。侵攻から1年以上経って、その間にもまた知識も増えたので、自分だけのものにしておくのは本当にもったいない。

まだまだロシアのシーンの全体像も掴み切れていないし、社会や歴史の事も分かっていない部分が多い。勘違いしている事もあるかもしれないが、気付いた方にはどうぞ指摘していただきたい。

とにかくこの素晴らしい音楽をもっと聴いてもらいたい。文化的に親しみを持てば、国家ではなく血の通った「人々」に目が行き、違った目でその国を見られるようになるかもしれない。これが今の私にできる、ささやかな平和活動だ。このブログを書きながら詳細を調べていくと、ロシアのかなりの数のロックバンドやラッパーはプーチンと戦ってきた事も分かった。テレビのニュースに映るモスクワ市民はプーチン支持を公言するか、言葉を濁して去っていく人ばかりで、「洗脳された愚かな国民」あるいは「国家に抵抗できない弱い国民」と思われているだろう。でもちゃんと戦ってきた人もいるのだ。それを伝えたい。
日本のロシア関係の専門家は軍事関係・政治関係の人ばかりであまり普通の市民の顔が伝わってこない。Twitterのいわゆる「ロシアクラスタ」も軍事オタクや共産趣味の人くらいしか見かけず、たまに音楽に言及している人もソ連の音楽しか聴かないようで、今の音楽の話をしている人はまず見かけない(意外とロシアから遠そうな人がMolchat DomaやIC3PEAKの話をしているのを見かけたのは面白い現象だ)。ブログを書いていくうちに「現代のロックシーンから見たロシア社会」というテーマでも読めるものに図らずもなったので、結構面白く読めるのではないかと思う。

また、このブログは私のコロナ期間中の一つの成果報告でもある。別にロシア語が読めなくても、ロシアに行った事もなくても、現代のネットツールを駆使すれば全く知らない国のインディーロックをたった3年でここまで掘ることができるんだよ、という事である。好奇心と先端技術でスペシャリストでなくても知らなかった世界を切り開く事ができるのである。私はたまたまロシアに興味を持ったが、皆さんもせっかくサブスクで世界中の音楽が聴けるのだから、是非開拓してみて!